今までの人生
発情期のあと、夕飯時にヘルムート様はよくご家族の話――実の両親のお話を僕なんかにしてくださるようになった。
かなりプライベートな話しなのに。
でも懐かしそうで、楽しそうで、話を聞いているだけで僕まで暖かな気持ちになる。
同時に自分の実家の異様さも、思い知ってしまった。
僕の実家って、僕以外は仲がいい。
僕だけをその輪から徹底的に排斥していた。
ヘルムート様の父君は正妻のスキラ様も、側室のレーンズ様も一日おきに会いに行き交流を重ねており、彼がなぜスキラ様とヘルムート様の暗殺を企てたのかわからないという。
ご両親の死後、仇である側室のレーンズ様に引き取られたヘルムート様は二人で本宅に住み、冷戦のような関係。
自宅に帰ること、レーンズ様に会うのを嫌がったヘルムート様は十二歳になってすぐに全寮制の軍学校へ入学。
証拠がなく、匂わせる程度の本人証言しかないヘルムート様のご両親の事件は不幸な事故として処理されレーンズ様はなんのお咎めもなし。
むしろ、夫を亡くし正妻の子どもを引き取った未亡人として周囲からは同情されていたらしい。
しかも、ヘルムート様は『両親を亡くして反抗期の義理の息子』という見られ方をして、レーンズ様はますます同情を集めていたんだとか。
周囲の反応、評価に納得ができなかったヘルムート様は、しかし周囲になにを言っても、訴えても、子どもで、しかも引き取られて育てられているというという立場だったことから『恩知らずなことを言うものではない』と窘められ、口を完全に閉ざすようになった。
軍学校を卒業し、軍に従事して世間がどれほど嘘と建前、理不尽にまみれているかを思い知ったヘルムート様は正しい人は認められ、間違いが正される理想を掲げて公安局に移動。
通り名が『冷徹無慈悲な無感情猟犬』などと呼ばれるようになるくらい、徹底的に法に従って生きるようになったのだと。
ああ、だから誠実な人なんだな、と思った。
そしてヘルムート様のオメガの実母、スキラ様がどのように作家になったのかはとても興味深かった。
政略結婚でカウフマン家に嫁いできて、すぐにヘルムート様の父君が本好きのため彼女のために先々代――ヘルムート様の祖父の建てた離れを改修したという。
すると先々代と一緒に屋敷を実験の場として、推理小説の空想が出来上がり、実際に執筆が始まる。
オメガ女性という弱い立場のスキラ様を守るために、ヘルムート様の父君が自分の名前を貸したり出版社と表立って交渉したそう。
正妻という立場なので、レーンズ様とは違い社交の場に出るからだ。
そういう意味でレーンズ様がスキラ様へ嫉妬の情念を燃やしたのかもしれないが、断片的な証言によるとレーンズ様が殺害しようとしていたのはスキラ様とヘルムート様だけ。
ヘルムート様の父君を殺すつもりはなかったらしい。
その日はヘルムート様のお祖母様に会いに行くためのお出かけで、途中の場所に住む友人に会いに行くつもりだったヒューズ様が急遽同行することになり……事故が起こった。
落石で馬車が崖下に落下した事故。
落下と落石で押しつぶされ、大破した馬車の中で救助が来るまでの数日間、両親の遺体と閉じ込められていたヘルムート様は『気を失っていてよかった』と言っていた。
僕では感じないだろう、その感情を羨ましく思う。
「僕の実家は姉以外、用事がないと話しかけてはこなかったですね」
「姉君はオメガなのか?」
「いえ、ノーマル……ベータのはずですね。天真爛漫で美人で優しい、善人だと思います。ただ、僕の境遇に疑問を抱くことはなかったようです。ちょっと考えるのが苦手な人なんでしょうね」
「他人事のようだな」
「すみません、同じ家に住む他人のような感覚でして。いや、僕が家に置いていただいている方で、姉はその家の住人という感じで……?」
「家の中は自由に歩けたのだよな?」
さすがにだいぶ変な顔で心配された。
家の中は自由に歩けたけれど、嫌な顔で「勉強しているのか?」「お前は勉強して家の役に立たなければ、生きている意味がないんだぞ」と言われるので基本的に本が集められた倉庫で過ごす。
食事はキッチンに、自分で取りに行く。
温めてもらえれば御の字。
体調が悪い時は体が動かないので使用人に持ってきてほしいと頼むけれど、それ以外は自分のことを自分でやらなければならない。
使用人の手を煩わせるな、こいつらはお前の世話をさせるために金を払っているんじゃない、と言われた。
「使用人は少ないのか?」
「どうなのでしょう?でも、前の旦那様のお邸の使用人と比べると少なかったような気もいたします。まあ、前の旦那様のお邸は女性が多かったですし……愛人一人につき三人は雇われていましたからね」
「こちらで把握しているフェグルの愛人は四人だったが、他にもいたのか?」
「家の中で囲っていた女性は四人ですが、別邸にそれぞれ二人、と聞いたことがあります。でも、娼館やその付近にも世話をしている女性が五、六人いるような話をしていましたね」
ここまで言うと、ヘルムート様が頭を抱え、その後ろに控えていたディレザさまも目を閉じて口をギュッと結ぶ。
そんなにおかしなことなのだろうか?
確かに父は愛人を囲っている様子はなかったけれど、それは家の中に持ち込んでいないだけとか、女遊びをするほどお金がなかった、とか……そういうものだと思っていた。




