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考えることのリハビリ


 翌日の夕飯後、遊戯室にあるビリヤードに誘われて、困惑しながら参加した。

 その次の日の夜は夕飯後にカードゲームを教えてもらう。

 さらにその次の日には、ボードゲーム。

 

「どうして最近こういう、遊ぶものの遊び方を教えてくださるのですか?」

 

 で、今日はダーツ。

 毎晩夕飯後に遊戯室で遊ぶのが恒例になりつつある。

 さすがに疑問を持って、聞いてみると「思考能力低下が付与されているが、例の薬を止めていることで回復の兆しはあるだろう。頭を使って思考能力の改善のためだ」と言われた。

 ぐうの音も出ない正論。

 

「だから全力でかかってこい。私に遠慮する必要はない」

「うーん……はい。わかりました」

 

 勝てるわけがない、とルールを覚えることでいっぱいいっぱいだったけれど、治療目的でのゲームだったのならやるしかない。

 でも実際結構面白いから、思考能力の低下している僕にはちょうどいいのだろう。

 さらには「私の留守中はエレナやジェーンやディレザとやってもいい」と言われる。

 とにかく頭を使え、と。

 頭を使うって、考えろってこと。

 あー、面倒くさい……って、思うことが多分『思考能力の低下』なのだろうな。

 

「体調に変化はないのか?」

「そうですね。今のところ」

「薬をやめて数日で突然くることも考えられるといっていたのだろう? 変化があればすぐに言うように」

 

 片目を眼帯で覆っているのに、的確に的の真ん中を射抜いていくカウフマン様。

 僕がノーコンなわけではないと思いたい。

 

『あの冷徹無慈悲な無感情の猟犬めが!!』

 

 ビクッと肩が跳ねる。

 カウフマン様の投げたダーツの矢が小気味よい音を立てて中心に刺さった瞬間、フェグル伯爵の怒声が脳裏に響いた。

 いつだったか、フェグル伯爵が愛人たちと自宅の遊戯室でダーツを楽しんでいた時、ウィスキーを煽りながら叫んでいたのを唐突に思い出したのだ。

 あの時僕は一人、壁際のソファーに座ってそれを見ていた。

 フェグル伯爵が愛人の胸を揉みながら「荒れてらっしゃいますが、どうされたのですか?」という質問に「ヘルムート・カウフマンという公安役人が邪魔をしてきた」等のことを言っていたような気がする。

 フェグル伯爵は度々、遊戯室でダーツをしながらその名前を出し、的の中心に「あの仏頂面をいつかこうして串刺しにしてやる」と笑っていた。

 冷酷無慈悲な無感情の猟犬。

 ヘルムート・カウフマン。

 あれ……? フェグル伯爵の愚痴っていた相手って……。

 

「カミル? あなたの番だが?」

「あ、すみません……えっと……」

「なにか気がかりなことでも?」

 

 どうして突然思い出したのだろう?

 いままで忘れていたのに。

 

「フェグル伯爵のお邸にいた時に」

「なにか思い出したのか?」

「カウフマン様の悪口をいっぱい言っていました」

「……………………そうか」

 

 さすがに複雑そうな表情。

 言わない方がよかっただろうか?

 

「些細なことでもそうやって思い出したことは教えてくれると助かる」

「こんなことでもなにかお役に立つのですか?」

「ああ。私を相当警戒していたこと、私を嫌うようなことをしている自覚があったということが今の話でわかった」

「なるほど」

 

 たったそれだけのエピソードを聞いただけでそこまでわかるなんて、すごいな。

 これが“考える人”なのだろう。

 僕、推理小説を読んでも犯人の推理とかせず何も考えないで読んでるからなぁ。

 多分そういうのがよくないんだろうなぁ。

 

「発情期がきたら」

「はい?」

 

 今度はカウフマン様の方が話しかけて、言葉を区切る。

 発情期、ずっと薬で止めていたからそんなに覚悟が必要なのかよくわからない。

 

「つらければ呼んで構わない。私が嫌なのであれば道具なり娼館のプロを呼ぶなり、そこはあなたの判断に任せよう。事前に決めておくと、すぐに動くことができるので決まったらディレザに伝えておいてくれ」

「あ、はい」

 

 でもちょっと想像つかないんですよねぇ、と首を傾げると「備えておけば余裕もできるだろう」と言われてしまった。

 この人はいつも正しい。

 思考能力が低下しているからとかではなく、本能的にそう思える。

 正しい人だから悪いことをしていたフェグル伯爵にとっては忌々しい相手だったのだろうな。

 

「――ちなみにだが」

「はい?」

「フェグルはアンバレザという言葉を口にしていたりはしないだろうか? あなたが覚えている範囲で」

「あんばれ……? ううん……ちょっとわからないです。今のように突然思い出すかもしれませんけれど、今の時点では……」

「そうか。いや、構わない。他にも今のような些細なことでも、思い出したら気軽に教えてほしい」

「わかりました」

 

 最初は「こんなことを?」と思ったけれど、実際あれっぽっちのエピソードでわかることもあると伝わったので素直に頷く。

 この人の役に立てるのは、なぜだか嬉しいような気がしたから。

 僕でも誰かの役に立てるって、今証明してもらった気がした。

 仕事についたら、今のような気持ちをもっと感じることができるのだろうか?

 しかし、さっきカウフマン様の言っていたこと、なんだっけ?

 アンキモ……バンザイ……?

 それっぽいこと言ってたのを思い出したら報告しよう。



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