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自分の価値


「それで、現在の体調に異常はない、ということか」

「はい。発情期について不安がある点を除けば。特に」

「ならよかった」


 音もなくステーキをナイフで切り、口に運ぶカウフマン様。

 夕飯にお誘いいただいたのでありがたく同席をしているけれど、僕なんかと食事を食べて美味しいものも美味しくなくなるのでは。

 まあ、カウフマン様が望まれるのなら僕に選択肢などないのだけれど。


「その後は?」

「あ、えーと……図書室に案内していただき、本を何冊か読ませていただきました」

「あの偏りの激しい図書室に?」

「偏りの……? ああ、まあ……確かに?」


 僕が見た感じ、確かに偏りは感じた。

 曰く、カウフマン様のお父上が小説を書くための資料として集めたものであって、どうしても偏りが出てしまった、らしい。

 恋愛小説が左端の五列の本棚を占めており、意外に思ったが感情の勉強のためだったとか。

 あとは政治学の本で社会の仕組みから社会的弱者を学び、哲学で心理を考察する。

 推理小説は円形の本棚にびっしり。

 でも推理小説は僕も楽しく読ませていただいた。


「まあ、私は読まないので読んでくれる人がいることはいいことだ。君は本が好きなのだな」


 と、言われて思考が停止した。

 思考能力が低下しているらしいが、こればかりは本当に停止だ。

 なにも考えられなくなったので、硬直した僕にカウフマン様が顔を上げる。


「どうかしたか? なにか間違えたか?」

「え……と…………僕は本が、好き? なのでしょうか……?」

「どういう意味だろうか?」

「本は、いえ……本を読む、しか? 僕は、他にすることがないというか……。だから他の選択肢が、なくて? 好きで読んでいたのとは、ちょっとちがうような……」

「許されていたことが、本を読むことだけだった、ということか?」

「まあ、はい。そう、でしょうか?」


 とにかく学べ。勉強をしろ。学を身につけて役に立て。

 そう言われて生きてきて、家庭教師をつけてもらえなかった僕は本を読むことでしか知識を得られなかった。

 監視生活の中でも本を読むことで監視されている事実を忘れられたし。


「やってみたいことはあるのか?」

「さあ……? よくわかりません」

「普通の貴族が受ける一通りの教養を身につけておくといいかもしれないな」

「狩りなどは……多分、嫌なので……」

「剣は?」

「多分無理かと」


 首を横に振る。

 貴族の男児は狩りや剣技などを学ぶ。

 あとは乗馬、経理、経営、領地運営など。

 まあ、僕の実家は領地らしい領地はなく、父は城で財務仕事を担っていたらしいが。

 そういえばフェグル伯爵も近い部署だったような……?

 どちらにしても僕は体力がない。

 幼い頃から運動らしい運動はしてこなかった。

 狩りも剣も僕には絶対に無理。

 

「はあ……」

「嫌いな食べ物か、食べられないものがあったか?」

「あ、いえ。もうお腹がいっぱいで……」

「朝食もほとんど食べていなかったと聞いたが?」

「えっと……そうなのですが――」

 。

 オメガの男はそもそも筋肉が非常につきづらく、むしろ肉がつきやすい。

 だから父もフェグル伯爵も僕の食事は一日に一食と制限して、太らないように、と言い聞かせてきた。

 今のように朝と晩に食事を出されても、体が一食で慣れているからすぐにお腹いっぱいになってしまうな。

 フェグル伯爵家に嫁いでからは常に誰かに監視されていて、緊張から食べ物が喉を通らなかった時期もある。

 そう伝えると、眉を寄せて目を伏せられた。

 そのまま眉間の皺を揉みほぐすカウフマン様。


「言いづらいが、あなたの置かれてきた環境は一般的ではない」

「はあ……まあ……そんな気はしておりましたが」

「奴隷呪の首輪。常に監視下に置かれているなど、特にフェグルの家にいた頃の環境は奴隷そのものと言って差し支えないものだ」

「やっぱりそうなのですか」


 実は今日、図書室で奴隷呪の首輪について調べたのだと話すと、また眉を寄せられた。

 そして、働くにせよなんにせよ、奴隷呪の首輪を外さなければ出歩くのも危険と言われる。

 それはなんか昨日も言われたような……?


「奴隷制度はとうの昔に撤廃されているが、奴隷の商いを続ける者は後を絶たない。奴隷呪の首輪をつけたままでは瞬く間に捕まって、今度こそ売り飛ばされるだろう。フェグルがなぜにあなたを屋敷に置いて、常に監視させていたのかはわからないが……その首輪には逃走防止以外にも使い方を知っている者なら誰でも首輪を使って奴隷を自在にする呪いがかけられている。だからこそただ放置はできなかったのだと思われる」

「ええと、フェグル伯爵以外の者でも、この首輪がどういうものか知っていれば僕を自由に操作できてしまう、ということでしょうか」

「その通りだ」


 そうか、それで首輪だけでは心許なくて、私兵を使って監視していたのか。

 逃げられないように、ではなく、誰かに横取りされないように。

 表向き“側室”という立場を与えていたのもカモフラージュだったのだろうか?

 しかし、そこまでしておく価値が僕にあったのかなぁ?

 男のオメガなんて珍しいけれど、アルファの子を産ませて育てさせる以外役に立つものではないような?


「僕に、そこまでの価値があると思えないんですが」

「それはあなたが決めることではない。価値は他人がつけるものだ」

「……なるほど……?」


 自分で自分の価値はわからない。

 価値も評価も他人から見てのもの。

 確かに。


「だが、奴隷呪の首輪は外し方のわからないものではない。必ずあなたをその忌々しい首輪から解放すると約束する。だからそれまでは、自分が就きたい仕事などを考えておくといい」

「わかりました」



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