図書室
「ヘルムート様がご結婚されないのは、わたくしどものような者を屋敷で囲って育てていることも関係しているのかもしれません。カミル様のような理解のある方がヘルムート様のお家のために奥様となってくださると、わたくしどもも安心なのですが……」
そう言われましても。
確かにカウフマン様は結婚していてもおかしくない年齢のように見える。
それなのに未婚なのにはそういう理由があるのかな?
しかし、男のオメガの仕事はアルファの子どもを身ごもり、産み育てること。
女性の正妻が家を切り盛り、管理して守るのが一般的なのは変わりない。
正妻女性が産んだ子どももオメガの側室がいればそのオメガが担当するのが一般的と真学んだ。
自分で産んだ子どもは自分で育てたいと思うんだけれど、仕事に注力したい女性もこの世にはいるからな。
そのあたりは僕にはよくわからない。
「ともかく、まだこのお邸に来たばかりですもの。カミル様は身心をゆっくり休ませ、お仕事に就いても追々考えてまいりましょう」
「そう……ですね」
自分が休むほど疲れているのか、よくわからない。
考えようと思っても考えがまとまらないのは、発情期を止める薬の副作用らしいからそれが抜ければ仕事に就いても色々考えられるようになるのかな。
自分がどうするべきか、どうしたいのか。
「本が読みたいな……」
頭の中に浮かんだことが、口から漏れた。
すぐにジェーンさんが「まあ、それなら図書室でごゆっくりされるとよろしいですわ」と答えてくれる。
カウフマン様のお父様が小説を書いていた影響で、離れには本宅より広い図書室があるのだそうだ。
小説家の集めた本が詰まった図書室――。
「きょ、興味があります……!」
「こちらです。一階の遊戯室の横の星のマークの扉」
談話室から出てすぐ横の遊戯室。
カードゲームやダーツなどで遊べることのできる部屋の横に、両開きの扉の部屋がある。
その両開き扉には、星型のマーク。
「このお邸の扉にはすべてなにかしらのマークが入っているんですか?」
「そうですよ。可愛いですよね。あ、でも、みんな地下室は扉を見つけても絶対に入っちゃダメって言ってましたよ」
「ええ、もしかしたらもう聞き及んでいるかもしれませんが」
「はい。昨日ディレザさんにお聞きしました。確か、地下室の入口もどこかに隠されているんですよね」
「ええ。興味本位で調査に向かった使用人が三人行方知れずになって以来、『危険なので入口を見つけても入室禁止』が徹底されるようになりました」
「行方不明者が……!?」
想像より危なそう……!
でも、入口を見つけても入らなければいいだけのこと。
気を取り直して、図書室だ。
ジェーンさんが「図書室にはこう入るんですよ」と言って星のマークを右に回す。
すると星に色が現れた。
木枠が動くと、下の色が見える仕組みらしい。
すごい。
「右回りに動かすと色がつくので、そうすると自動で開錠されるんですよ。両方ともこうして動かすと、両扉開錠できます」
「お二人ともよく仕掛けを覚えていますね……?」
「定期的にお掃除しますからね!」
ああ、なるほど。
「こちらが図書室ですよ」
そうして開け放たれた扉の奥には想像の数倍大きな図書室が広がっていた。
なんと二階と地下、くり抜き。
縦長に奥行きのある、壁だけでなく円形の柱型本棚がある大きな図書室。
あ、皮張りのソファーや重厚感のあるテーブルまで!
「すごい。大きいです。読んでもいいんですか?」
「もちろんです。お茶とお菓子をお持ちしますね」
「図書室でお茶とお菓子……!?」
そんなことをしたら本が汚れてしまうのではなかろうか。
だがすぐにエレナさんが「手も本も汚れないお菓子をお持ちしますよ」と言ってくれる。
「あ、ありがとうございます。じゃあ、あの……」
「ええ、夕飯になりましたらお呼びいたしますので、それまでごゆっくり読書をお楽しみください」
「は、はい。お言葉に甘えます」
二人の心遣いに感謝して、図書室を歩き回る。
誰かがちゃんと管理していてくれたおかげで、本はちゃんとジャンルごとに分けられている。
物語、歴史、政治、数学、哲学。
そして――
「第三性について」
なんとなくそれも手に取り、テーブルに乗せて椅子に腰かける。
僕の知っている知識しか書かれていないけれど、オメガは発見された当初性奴隷として人気が出た。
時が流れ、オメガ女性よりもオメガ男性のアルファ出産確率が極めて高いことがわかる。
女性オメガと男性アルファの場合の子がアルファ確率が50%。
女性オメガと女性アルファの場合の子のアルファ確率は35%。
男性オメガと女性アルファの場合の子のアルファ確率は77%。
男性オメガと男性アルファの場合の子のアルファ確率は90%。
総じて男性アルファの方が、子がアルファで産まれる可能性が高い。
これは単純に、男の方が女性よりも体力があるから――らしい。
女性のΩは普通の女性より美しく小柄なことが多く、また貧弱な体質が多いそうだ。
ただ本当に絶世の美女が多く、男女のオメガを抱える者は国を興せるとまで言われている――。
へえ……そうなんだあ。
世の中まだまだ知らないことがたくさんあるなぁ。
「奴隷呪の首輪についても調べられるかな……?」




