第十話 森林ダンジョン実習の恐怖
第十話 森林ダンジョン実習の恐怖
引率者ミーティングでは明日の安全確保について就寝前の最終確認が行われていた。
「それにしても、今年の学生は特徴があるな」とA組担任のアーギュスト。
「王族の護衛として王子達のグループについて行動したが、王子の剣の腕は本物だな」
王家からの依頼で学園教師陣の中から選抜された剣術教師アグネスが王子の剣技を褒める。
「性格の悪さも本物ですけどね。班員の生徒への態度は同級生と言うより下僕に対するものでしたよ」
同じく護衛を務めたヒギンズがいう。
「そういえばあのグループは王子とその取り巻き2名に一人だけ女子生徒が混ざっていたな」アグネスの言葉に頷きながら、ヒギンズが答える。
「ええ、彼らの会話から王子のお気に入りの女子生徒のようですね。婚約者のアナベラ嬢がいるというのに、全くもって感心しませんな」
「私はあまり聞いていなかったのだが、彼らの会話から状況はある程度分かったのか」
「はい、女子生徒から近づいたのかとも思って注意して聞いていましたが、きっかけはあったようですが、女子生徒はかなり迷惑そうにしていましたね。確かリフリアという生徒です。最も王子はそんなことお構いなしに上から目線で絡んでいましたが」
「女子生徒にとっては災難だったな」
アグネスとヒギンズの会話が一段落するとオブライエンが話し始める。
「今、重要なのは明日の生徒達の安全確認です。今年の森ダンジョンの様子はどうなのですか」
これに答えたのは一足先に到着し、現地の下見をしていたC組担任のスカルノーだ。
「今のところ例年通りで変わったところはありませんでした。浅い森には強い魔物はいませんが、その分弱い魔物が多めに生息しています。討伐には向きますが、サバイバルに必要な食材集めは例年より厳しいようです」
「浮ついた連中にはいい薬になるな」とアグネスがいう。
「しかし、餌となる弱い魔物が多いとなると、捕食者である強い魔物が彷徨い出てくる可能性は高くなるんじゃないですか」オブライエンの質問に一同は少し考え込んだ。
「まあ、警戒するに越したことはない。明日は我々も臨機応変に動けるよう気持ちを引き締めておこう。しかし、どんな強力なのが出てきても、クレア達の班だけは大丈夫そうだな」アーギュストの言葉に一同頷きながら同意した。
「あれほどの転移魔法が使えるなら、万一明日の討伐実習で危険な目に遭ってもあの班だけは転移で逃げ帰ることが出来ますからね」オブライエンの同意する言葉を最後にミーティングは終わった。
これがあんなことになるフラグだと思ったものはその場にいなかった。
そして翌朝、宿泊所の前庭に集合した学園生達に今日のミッションが伝えられる。
「湖の北側は森型のダンジョンだ。ここで魔物を倒して魔石を集めてこい。魔物は強いほど大きな魔石を持っている。順位は集めた魔石の重さを班の構成人数で割って一人あたりの魔石の質量で決める。以上、解散」
先生の指示で生徒達はそれぞれのパーティーで思い思いの経路を取って移動を始める。
そしてクレア達の班は……
「今日は皆さんのレベリングの結果を体感し、体の動かし方の違いを理解してもらうために走って行きますわよ」とクレアが宣言した。
「「「えーーーっ」」」体力に自信が無い三人の令嬢から悲鳴に近い声が上がる。
「クレア様、私、魔力にはそこそこ自信がありますが、体力は全く自信がありません」
と3人のリーダー格のアナベラが言えば、タニアとトレニアも凄く頷いている。
「大丈夫ですわ。昨日のレベリングの結果、皆さんはレベル4桁に到達したことを確認しています」
「またまた、ご冗談を……
最強と噂のクレア様のお父様でもレベルは125だと言われているんですよ。
それに、鑑定の水晶もなしに、レベルは分かりませんのよ」
クレアの言葉をアナベラは信じなかったが、それは、常識外れのレベルを提示されたことに加え、クレアが使える鑑定魔法の存在がそもそも特殊であるため信じられていないからだ。
「実際に走ってみれば分かりますわ。とりあえず行けるところまででかまいませんので走りますわよ。出発ーーーっ」
クレアはお構いなしに三人をせき立てた。
仕方ないなとため息をつきながらも、ジョギング程度のつもりで軽く駆け出す三人であったが、一歩目を踏み出した瞬間に三人とも違いに気がついた。軽く蹴り出した一歩目で軽く5メートルは前方に飛んだのだ。二歩三歩とその歩幅は広がりスピードは上がる。
「どどどどどっどーなっていますのーーー」
驚くタニア。
「こんなに早いのに足がもつれませんわーーーー」
トレニアの叫びは悲鳴に近い。
「クレア様、これは一体?」
横を併走するクレアにアナベラが聞く。
「レベリングの成果ですわ。
それよりスピードのあげすぎに気をつけてくださいまし。
音速を超えると服が破れますわよ」
クレアはニコリと笑って当然のことのように説明している。今日は強化魔法を施していないのだ。
クレア達の班はあっという間に他の班を抜き去り、目的地に到達した。
「ここが目的の森林型ダンジョンのようですわね」
「はい、クレア様。事前に調べたところでは奥に行くほど強い魔物が多くなり、異空間へと続いていると言われています。最奥は未だに確認されていませんが、少なくとも入り口付近は弱い魔物しかいないということです」タニアが下調べの成果を披露し、分かっている範囲の地図を写してきたトレニアが現在地に×をつける。
「では、いけるところまで進んでレベリングの成果を試しましょう」
「「「はい」」」
ここまでの移動で自信をつけた三人はクレアの言葉に元気よく返事をした。
森に入って、3歩で早速1体目の魔物と遭遇する。森ネズミである。小さく弱いが素ばっしっこい。しかし、三人娘のスピードには及ばない。
入り口から30分ほど進むと、ようやく小物以外の魔物が出現するようになる。
人型のゴブリン12体である。三人は軽く魔法を発動してみる。
「火球」「風刃」「石つぶて」
いずれも初級魔法であったが、直径1メートルほどの火球がゴブリンの中央で破裂し12体のゴブリンをこんがりと焼き上げる。
直後に風の刃が焼けたゴブリンを上下に切り分け真っ二つにする。
最後に直径30センチほどの岩の雨がゴブリンだったものを粉砕した。
「「「ホゲーーー」」」三人娘が自らの放った魔法の威力に驚き、貴族令嬢が決してあげてはいけないような驚きの声を発してしまった。
「どうです、皆さん。
レベリングの結果は実感できましたか」
クレアの問いかけに三人は激しく首を縦に上下させる。
「しかし、クレア様。
初級魔法でこれでは、少し強力過ぎるのではありませんの?
もし、上級魔法を使えばどうなってしまうのでしょうか」
アナベラの問いかけにクレアは頷く。
「そうですね。
魔力測定の時、私は最弱の生活魔法で測定限界を超えてしまいましたから、おそらく凄いことになると思います。私もあの訓練地以外では全力の魔法を試したことがございませんのよ。
幸いここは人が誰もいませんから、試して置いてはどうでしょう」
「そうですわね。それでは代表して私が火炎の上級魔法をつかってみますわね。
ところで、訓練地で試した魔法はどうなりましたの?」
「上空に向かって火炎魔法を撃ってみたのですが、ドラゴンの群れが跡形もなくきれいになくなりましたわ。放った炎は極太の光の柱になって空の彼方まで登っていきましたの。直後にものすごい風が吹いて、慌てて服が破れないように強化魔法をかけたのはいい思い出ですね。地表に向けて撃たなくてよかったと自画自賛しています」
「それ、駄目な奴では……」と呟いたのは三人娘の誰だっただろう。
「まあ、ここは異空間へ繋がるダンジョンと言うことなので大丈夫だと思いますわ」というクレアの言葉に、半信半疑ながらも頷いたアナベラは自らが実験台になることを申し出て、森の奥へ向かって多段火炎槍の魔法を繰り出した。
瞬間、1000本を超える電柱サイズの火柱が、森の奥へと向かってまっすぐに突き進んだ。
大惨事である。
炎の電柱が当たった木々は一瞬で炭も残さず燃え尽き、近くを通っただけでも光熱で炭化し、発火して燃え始める。
はっきり言って大規模な山火事状態だ。
射線上にいた多くの魔物は、森の木々と一緒に燃え尽きてゆく。
遠くで討伐された魔物の経験値は入らないが、それでもかなりの経験値がパーティー全員に入ってくる。
なんにしてもこのままでは大規模火災になってしまいかねない。
「これは少し不味いかも知れませんわね。私が消し止めておきましょう」
そう言うとクレアは氷結系の魔法を発動した。
「全ては凍りつけ。『無限の氷原』」
クレアの魔法発動と同時に、燃えていた木々は一瞬で氷のオブジェとなった。それどことか、燃えていなかった周辺の木々まで氷像と化している。更なる大惨事へと発展してしまっている。あたりは氷点下の地獄で生きとし生けるもの全てが凍りついてその活動を停止している。
「しまった……。もしかしてやり過ぎたかしら……」
クレアのつぶやきは、結局誰の耳にも入らなかった。なぜなら、一瞬にして氷雪の世界へと招待されてしまった三人娘は、あまりの事態に茫然自失となっており、他の人間はこんな奥深くまで魔の森へと進攻してきていないからだ。
しばらくして正気に返った4人は全力で魔法を撃つのは最終手段にしようと固く誓ったのだった。
そして、ダンジョンの奥地では、アナベラの炎の電柱に尻尾の先端が運悪く命中してしまった災害級の魔物が復讐に燃えていた。
「我が自慢の尻尾を燃やし尽くすとは、命知らずの愚か者がいるようだな。
これは一つ、身の程を教えてやらねばなるまい」
知的生命体でもある人型の悪魔は、自らの尻尾を焼き切った怨敵を求めて、最奥の地から飛び立った。
これほど離れたところまで、威力を殺さずに魔法を打てる存在がいかほどのものか知らずに……。
そして、そのようなものが一人ではなく四人もおり、更にその中の一人は魔法を放った者よりも遙か高みにいるなど知るよしもない悪魔は、自らの力を信じ切って高速で飛翔したのだ……。
哀れな悪魔に救いあれ……
アーメン
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ストックがつきましたので、しばらく更新が遅くなるかと思いますが、ご容赦ください。
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