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ゆめきっぷ  作者: うわの空
三枚目
6/18

2

 


 さっきまでの都会とはうってかわって、田舎らしいのどかな街並みが広がっている。

 現代の日本ではなく、もっと昔にタイムスリップしたようだ。舗装されていない道路。高くても二階建てで、どれも木造の建物。

 そしてそれぞれの建物の入り口には、大きな看板が掲げられている。


『飼料』

『闘技場』

『温泉宿』

『ドラゴンの卵屋さん』


「これって……」


 俺が質問するよりも早く、小春が答えた。


「昨日翔真くんが言ってた、『ドラゴントレーナー』っていうゲーム。……どう? 結構うまく再現できたと思うんだけど」


 結構、なんてもんじゃない。ゲームの中にそのまま入りこんだんじゃないかっていうくらい、すべてが精巧にできている。

 街はずれにある枯れた大木(ここでとあるイベントが発生する)、遥か彼方にうっすらと見えるドラゴンタワー(最終的な目的地になる場所だ)。それらが全部、おれの目の前にある。

 よく見れば街の人までリアルに再現されていて、肩に小さなドラゴンを載せている女性や、将来ドラゴンが産まれるたまごを大事そうに抱えて歩いている男性もいた。


「すっげえ……!」


 正直な感想が、そのまま口から出た。

 小春はおれの顔を見ると、腰に手を当て満足そうに胸を張った。今までパジャマで隠れてたけれど、彼女の細さ――というよりも痩せているのが強調される格好だった。


「じゃじゃーん」


 小春がおれの目の前で、革製のきんちゃくみたいなものを揺らす。中からじゃらじゃらと音が聞こえた。


「たっくさんお金が入ったお財布も用意してるので、好きなドラゴンの卵を好きなだけ買うこともできます」


 なぜだか敬語で、そしてふんぞり返って小春が言う。それがちょっと面白かった。


「いや、でもほんとにすごいよ。よくここまで再現できたな」

「朝起きてから寝るまでずーっとプレイして、この街ばっかりグルグルしてたからね。私は人を再現するのが一番苦手だから、そこが一番大変だったかも」


 小春の言葉に、俺は驚いた。


「え、小春、『ドラゴントレーナー』持ってたの?」

「ううん。同じ病室の子が――あっ」


 しまった、といった感じで小春は下を向いた。おれも口を噤んだ。


 ……病室?

 いま、病室って言ったのか?


 追及してもいいものか考えあぐねていると、小春が決心したようにおれの顔を見た。

 きゅっと口を引き結んで、少し開いて。

 けれど次の瞬間には、へらりと情けない笑顔をしてみせた。


「隠してたわけじゃないんだけど……わたし、入院してるんだよね」

「え……あ…………そう、なんだ……」


 おれは、何も言えなくなってしまった。

 同級生で入院したことがあるやつは多分いない。通院しているやつはいるけれど、入院というのは初めて聞いた。少なくともおれの知ってる限りでは、身近な人間で入院したのは爺ちゃんくらいだ。その爺ちゃんもいまではすっかりよくなって、元気に畑仕事をしている。この間階段から落ちたという婆ちゃんも、幸いなことにかすり傷だったみたいだし。


 ――どうしよう。


 心底自分が情けなかった。なんて言葉をかけたらいいのか、全然わからない。

 どこの病院に入院しているのか、病名はなんなのか、どのくらい入院してるのか、退院はいつになりそうなのか。

 大変だな。しんどくないか。きっと治るよ。早く元気になりますように。

 言ってもいいのかわからない言葉ばかりが、次々と浮かんでは消えていく。自分が今、どういう顔をしているのかもわからない。


「……困った顔してる」


 おれの心を見透かしたみたいに、小春が笑った。


「――ごめん」

「いいのいいの、謝らないで! あーあ、こんな感じになるのがいやだから黙ってたのになあ」


 ちぇっ、とわざとらしい素振りで小春が悔しがる。それがまた、びっくりするくらい普段の彼女からかけ離れていた。


「正直に言うとね、ちょっと長く入院してるんだ。なんならもう病院が家みたいな感じ」

「……へえ」


 そこで思い出したのは、最初の遊園地だった。

 おれにとってはさほど楽しくない場所。けれど小春にとって楽しい場所として再現されたあの場所は、もしかすれば小春が唯一知っている遊園地だったのかもしれない。

 そう思うと、少し悲しかった。

 けれど、話し続ける小春の声は明るいままだ。


「そんなこんなで、同じ部屋の子たちと仲良くなったりするんだ。誰がゲームに詳しいとか、それこそドラゴントレーナーをやってる子にゲームを借りたりだとか、そういうこともできるんだよ」

「……そっか」

「あ、そういえばゲームを貸してくれた子がね、翔真くんとドラゴンバトルしたがってたよ」


 意外な話に、俺はぎょっとした。


「え、おれのこと、病院で話してるの!?」

「うっそー。翔真くんのことは誰にも話してませーん!」


 小春があっかんべーをする。これもまた、彼女にはひどく似合ってなかった。


「ちょ、……なんだその嘘」

「だって翔真くんがあまりにも辛気臭い顔してたから。そんな顔しなくていいのに」


 どんな顔をしていたんだろう、情けない。

 結局、小春に気を使わせてしまっている。


「――ね、早くドラゴンの卵を見に行こうよ。時間なくなっちゃう」


 街の中央にある『ドラゴンの卵屋さん』を指して小春が言う。

 この話題を早く切り上げたい、そんな心が透けて見えた。


「……そうだな、行こう」


 おれもこれ以上なにも聞けなくて、だから小春の手を引いた。

 小春の手はびっくりするくらいに細くて、そしてひんやりとしていた。




「いろんな卵があるねー」


『ドラゴンの卵屋さん』に入るなり、小春が弾んだ声を出した。

 このゲームでは、序盤にここ『ドラゴンの卵屋さん』で、好きな卵をひとつ貰うことができる。棚に並ぶ卵は大きさも色も様々で、生まれてくるドラゴンも完全にランダムだ。最初に貰った一体は、相棒ドラゴンとして一緒に旅をすることになる。

 だからあまり強くないドラゴンを引いてしまった場合は、電源を消してイチからやり直すリセットマラソン――通称リセマラをする人が多い。


 主人公は相棒とともに、ドラゴンタワーにいる『伝説のドラゴントレーナー』に会うため旅を始める。

 けれど悪の組織が水面下で動いていて……というのがおおまかなストーリーだ。


 なお、中盤以降はこの店で自由に卵を買うことができるし、任意のドラゴンを最大三体まで相棒にすることができる。卵を買うためのお金は、旅の道中モンスターを倒したり、他のドラゴントレーナーを倒すことによって入手できる仕組みだ。


「ね、どれにする? 全部?」


 漫画に出てくる小悪党みたいな顔で小春が言う。

 おれはちょっと迷ってから、


「お互いひとつだけにしない?」


 と提案した。


「え、ひとつ? こんなにいっぱいあるのに?」


 そっか。小春は同じ病室の子に『ドラゴントレーナー』を借りたって言ってたけど、途中のデータから遊んだんだな。


「旅の最初はさ、卵をひとつ、タダでくれるんだ」

「そうなの?」

「うん。卵の見た目じゃ何が生まれてくるかはわからないし、自分が思ってたのと違うドラゴンが生まれるかもしれないんだけど……。それでもおれは、自分が選んだそいつと最後まで旅したいかな」


 正直なところ、おれもゲームではリセマラをするタイプだ。けれど今回に限っては、どんなに弱いドラゴンが出てきても、最後まで一緒に旅をしたいと思えた。

 夢の中とはいえ、ゲームとは感覚がまったく違う。

 おれが選んだ卵から出てきたドラゴンを、「やっぱりなし」なんて言いたくない。

 小春はしばらくおれと卵の棚に視線を行き来させていたけれど、やがてこくこくと頷いた。


「わかった、じゃあそうしよう」

「ありがとな……って、あ」


 小春がにんまり笑うのを見て、おれは重大なことを思い出してしまった。

 ここは小春の夢の中。

 すなわち、卵の中身を小春が自由に操作できるともいえるのだ。


「小春お前、自分のは好きなドラゴンを出そうとしてるだろ」

「え、えへへー?」

「ああー! ズル! それはズルだからな!」

「わかったわかった! しないってば!」


 小春は眉をハの字にして笑い、卵の並ぶ棚に目をやった。


「というか正直、ここにある卵から何が生まれてくるのかまでは知らないんだ。そこまでゲームを進めてないから」

「え、そうなのか?」

「うん。だから明日――というか今日か。目が覚めたら続きをプレイするよ。翔真くんが選んだ卵と、自分が選んだ卵。このふたつが置かれてる場所を覚えておいて、それを孵化させるね。で、それを次の夢に反映させる。どう? これなら文句ないでしょ?」

「よし。約束だからな」


 おれはあくまで真剣に言ったのに、小春はなんでかふにゃっとした表情をした。

 笑い出しそうな、泣き出しそうな。とにかく、頬に力の入っていない顔つきだ。


「……うん。約束する」


 折れそうなくらいに細い小指を、小春はおれに向けてきた。

 ――指切りするのなんて何年ぶりだろう。ましてや、女子とするのは初めてだ。

 ハーフパンツで手汗を思いっきり拭ってから、小指を絡ませる。

 小春の顔は、恥ずかしくて見れなかった。



       **



 目覚めるなり、蝉の大合唱が聞こえてきた。エアコンをつけているから窓は閉じているのに、それでもこんなにハッキリ聞こえるのだから、蝉の声量はすごいと思う。

 カーテンのわずかな隙間から入り込む朝日が、おれの足先をジリジリと照らしている。

 おれはぼんやりと、天井に手を向けた。


「……約束したってことは」


 小指を立てて、一人で指切りの真似をする。


「また、会いに行っていいってことだよな……」


 どうしてこんなに小春のことが気になるのか、それがほんの少しだけわかった。

 クラスメイトはしょっちゅう言ってるし、おれも何の気なしに使う言葉。


 けれど彼女にとっては違うのだろう。


 小春は、いつだって、絶対に。

「またね」って、言わないんだ。





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