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第九話 差し入れ-2-

 玄関を出て穂高の居る706とは逆隣に向かって歩く。

 1歩歩いては振り返り、1歩歩いてはまた振り返り。同じことの繰り返しだった。

 自分でも何がしたくてこんなことをしてるのかなんて、分からない。ただ、体が勝手に動くだけ。

  ―――ピンポーン。

「は〜い」

「………………………」

 扉から出てきた朔眞に夕夜は無言でズイッと皿を突き出した。

「…差し入れ?ありがと」

 にっこり笑って受け取る朔眞。

 ―――今日出会ったばかりの夕夜にだって分かる。 こいつの笑顔は信用ならない。裏に絶対何かある。「まぁ、そう警戒しないで。またね、の意味分かったでしょ」

「そんなもん分かりたくもなかった」

「即答?うわひどい」

 ひどいなんて、微塵も思ってないくせに。

「帰る」

「え!?まぁまぁまぁまぁ!帰るのは早いでしょ!」

「どこが?むしろアンタといなきゃならない理由のほうがどこをどう探しても見つからないっつーの」

「そんなこと言わずにさっ。これから、毎晩こうなるわけだし」

「はぁ!?」

 毎晩!?

「いつ誰が毎晩アンタにご飯のおかず届けるなんて言ったのよ!」

「さっき君のお母さんが毎晩僕にご飯のおかず届けてくれるって言ってたね」

「お母さん!?」

「そう。偶然、スーパーで会っちゃって」

 朔眞が言うには、こうらしい。

 買い物をしていた朔眞に、学校の制服が同じなのが気になった絵里が声をかけた。一人暮らしだということを言ったら偶然同じマンションで、男の子が学校の後毎日毎日ご飯を作るのは大変だと言って、自分が毎晩おかずのおすそ分けすることを約束した。

「ちっ…」

 絵里め。余計なことを。

 こればかりは夕夜は絵里を恨んだ。

 よりにもよって、どうして木原朔眞の家に。 自ら敵の陣地にのりこんでいってるようなものではないか。

「届けるもんは届けたから。じゃ」

「もうちょっと待とうよ!………………え、そんなあからさまに嫌そうな顔しないで。ちぇー、これが穂高くんなら夕夜ちゃん喜んでいるくせに」

「はっ!?穂高!?なんでここで穂高が出てくんのよ!?」

「それ、本気で言ってる?」

 朔眞が夕夜の手首を掴んだ。

「ちょっ…」

「なんでここで穂高くんの名前が出てくるか?―――そんなの、君が1番分かってるくせに」

「は…」

 何言ってんの、と問いかける言葉は最後まで言えずに。

 ―――バタンッ。

「ちょっ、辞めッ…」

「やーだ。逃がさない」

 夕夜は扉の内側に閉じ込められてしまった。

「なにすんのよ?てか、この手なに?」

 ギッ、と睨んだ視線の先、朔眞の腕は扉に手をついて、夕夜を逃げられないようにしていた。

 このシチュエーションは。―――あの日の夜を思い出す。

 穂高に―――そう、“イタズラ”をされた日。

「どうしよっかな?」

「…何の真似」

「夕夜ちゃんもう逃げられないよね」

「話を聞けっ」

 いかにも何か企んでます、的な雰囲気を漂わせる朔眞に、夕夜は一刻も早くここを立ち去ろうと決意する。

「どいて」

「やーだ」

「ウザイ」

「ありがとう」

 …この男…。

 もう、本ッッッ気でウザイ!!!

「ふざけんなって………………言ってんのよ!!!」

 最後の『よ』と同時に、思い切り朔眞を突飛ばす。

 ―――ガシャン!!

 大きな音をたて、花瓶を薙ぎ倒し、朔眞は床に倒れこんだ。

 あ、あれ〜…?

 そんなに強く突飛ばしたつもりなかったのに。

 だがそれ以降ピクリともしない朔眞を見てれば、さすがの夕夜も焦る。

「ちょ、ちょっと、まさか死んだんじゃないでしょ」 ゆさゆさと体を揺すってはみるが、返事がない。

 明日の朝刊、『悲劇!!16歳少女がクラスメート殺害!?』

「……………………………………………………………………………ないわ」

 それだけは避けなければ!!

 夕夜は耳元で名前を呼ぶ。

「…っ、き、木原朔眞ー!」

「なーに?」

 以外にもあっさりと返事をし起き上がった彼に、唖然とする夕夜。

「…な…」

「やっと、呼んでくれた」 朔眞はふわっと笑って。

「は…ぇ?」

「名前。出会ってから今まで、ずっとアンタだったでしょ?」

「………―――そうだった?」

「そうだよ。だから、どうしても名前呼んでほしくて」

 一芝居、打たせてもらいました。

 一芝居打たせてもらいましたァ〜…?

「…ふっ、ふざけんなーッ!!」

「…ふざけてないよ」

「ぇ…わっ」

 不意に、朔眞が腕を掴んで顔を近付けてきた。

 ダンッ、と音を鳴らして壁に押しつけられる。

「…それこそ、ふざけてあそこまでやると思う?」

「…あんたなら」

「ははっ、信用ない」

「会って1日のやつ信用しろっつー方が無理なんじゃない?」

 現に今だって2人きりでこんな状態だ。

「…正論だね」

「じゃあ、手ぇ離して」

「それはできないかな」

「…………………………………………………はぁ」

 もう怒るのも飽きた、とでもいうように夕夜は深いため息をついた。

「なんなの?何がしたいの?…何を企んでるの?」

「…それを知るのは」

 君と穂高くんが―――。「…ぇ?穂高がなに―…」 瞬間、朔眞が頭をおさえて丸くなった。

「いた…」

「え、何!?」

「頭、痛い」

「頭痛いぃ!?」

 ちょっと見せて!と夕夜は後ろに回り込む。押さえている場所が、後頭部だったからだ。

 そっと離した朔眞の手のひらには、少しの血。

「あっ、あんたケガしてたんじゃない!」

「みたいだね…」

「みたいだねじゃなくてっ。もぉ!」

 言うなり、夕夜は玄関の扉を勢い良く開けて、走り去った。

 突然の行動に、朔眞は口を開けてぽかんとしているのだった。


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