024 久しぶりの娘たち
息子達が、部屋を出て行くと嵐が去ったような感覚だった。突然来て、突然帰られて……セレスティーヌは、呆然としてしまう。
「お母様、大丈夫ですか?」
セシーリアが声を掛ける。
セレスティーヌは、セシーリアの声掛けにそうだったこの子達がまだいたのだわと思い返す。
「貴方達は、何故帰らないの?」
セレスティーヌが、二人に向かって聞く。
「だって、私達はお母様の疑問に答える役目と、インファート王国に一緒に帰る役目があるの。お母様、聞きたい事まだ沢山あるでしょ?」
フェリシアが明るく元気に答える。
「グラフトン公爵様、大変申し訳ないのですが、今日は私達二人を泊めていただけませんか?」
セシーリアが、エヴァルドにお願いする。
突然話を振られたエヴァルドは、驚きつつも気持ちよく了解してくれた。
「もちろんですよ。夕食は、私の祖父もいるのですが皆さんでご一緒にいかがですか?」
セレスティーヌが、すみませんと口にしようとしてフェリシアに遮られる。
「嬉しいです。是非、皆さんで食べましょう。それと、お部屋はお母様と一緒の部屋にして欲しいです」
フェリシアが前のめりになって、エヴァルドにお願いしている。
セシーリアが、姉らしくフェリシアを窘める。
「フェリシア、失礼ですよ」
フェリシアが、唇を尖らせてむくれる。
「だってお母様と会うの久しぶりなのよ! セシーリアお姉様だけ、一人で寝ればいいじゃない」
「そんな事、言ってないじゃない!」
セシーリアも妹の言葉に怒り出してしまった。
「もう、貴方達いい加減にしなさい! ここは、自分の屋敷じゃないのよ!」
喧嘩を始めた娘達に呆れながら、セレスティーヌが二人を叱る。
「あはは。本当に仲の良い親子ですね。いいですよ。三人で一緒に寝られる部屋を用意しましょう」
エヴァルドが、楽しそうに笑ってその場を収めてくれた。
部屋の用意が済んだと執事が呼びに来てくれて、三人は客室へと向かう。
エヴァルドには、また夕飯の時にと言葉を添えて部屋を退出した。
執事が、客室の扉を開けてくれてどうぞと中に通してくれる。
一番最初に部屋に入ったフェリシアが、感嘆の声を上げる。
「うわー。ベッドを二つくっつけてくれてるー。お部屋も、凄く広ーい」
セレスティーヌが、呆れながらフェリシアを叱る。
「もう、フェリシア! さっきから、はしたないですよ」
「だってお母様に会えて、嬉しいんだもん」
そう言って、フェリシアがセレスティーヌに抱きつく。執事が気を利かせて一礼すると、部屋のドアを閉めて出て行った。
セレスティーヌも仕方ないわねと、ギュっと抱きしめ返す。暫くそうしていると、セシーリアが声を出す。
「フェリシア、いい加減にしなさいよ。気が済んだでしょ」
フェリシアが渋々、手を緩めてセレスティーヌを離す。
「お姉様だって、本当はして貰いたいくせにー」
フェリシアが、セシーリアを揶揄う。
「そっそんな訳ないじゃない。もう子供じゃないのよ」
セシーリアは、腕を組んでツンと顔を逸らす。
セレスティーヌは、そんなセシーリアを見てこの感じも久しぶりだなと微笑ましく思う。
「ふふふ。セシーリア、お母様は久しぶりに抱きしめさせてほしいわ」
セシーリアが、ちょっと顔を赤らめる。
「お母様が言うなら、仕方ないのではなくて?」
セレスティーヌが、セシーリアを抱きしめる。セシーリアもなんだかんだ言いながら、ギュっと背中に手を回してきた。
三人で、愛情を確かめ合って満足するとセレスティーヌが改めて色々な事を訊ねた。
ミカエルがさっき口にした練習について聞くと二人とも顔を顰めた。
何でも、父親に相談すると女性の扱いには慣れておいた方がいいぞと言われた。だから素直なミカエルは、そのまま鵜呑みにして寄ってきた女性達と、将来セレスティーヌを口説くための練習として付き合っていたらしい。
その事については、散々兄妹達で絶対に止めた方がいいと助言していた。しかし残念ながら、ミカエルは耳を貸さなかった。
自分の母親に聞いたら、素敵な男性は女性の扱いにスマートで優しい人だと言ったから……。
ブランシェット公爵の愛人やっているくらいだから、まあそーだよなとセレスティーヌは思った。だけど母親の趣味と、私は違うからなと心の中で突っ込む。
話を聞く限りミカエルは、一番多感な時期を両親と過ごしてしまったばっかりにおかしな方向に進んでしまったようだ。
セレスティーヌを本当の母親だと思えないなら、実母の所に行けばいいと促したのはアクセルとレーヴィーだった。
途中でミカエルがおかしな方向に行きだして、流石に兄二人は責任を感じた。
何とか考えを改めさせようと色々頑張ったらしいが、どうにもならなかった。この事については二人とも反省していて、これからはきっちり締めながら軌道修正していくと宣言している。
また今回一緒に帰って来て貰いたい理由は、今年行われるレーヴィーの爵位の継承とセシーリアの結婚式の為だった。
リディー王国で年を越してしまったから、まだ先だと思っていた行事の準備が始まっている。
その準備を、レーヴィーの妻が中心になって動いているが、やはり大変らしく行き届かない事柄が出てきてしまった。
だから、そろそろ一度セレスティーヌに帰って来て貰いたいと言う事だった。
今回、ミカエルがこんな事になって、セレスティーヌに会いに行くと言い張った。折角、母親に会いに行くなら、帰って来てもらえるように交渉しようという話になった。
そして、その役目が妹二人に託された。
話を聞きながら、セレスティーヌは何とも言えない気持ちになる。
ミカエルの事はずっと心配していた。だけど本当の母親と父親を選んだのなら、自分の出番はないとずっと諦めていた。
ミカエルが自分に近づかなかった理由が、こんな事だったと聞いて驚きしかなかった。どこかで誰かがきちんと導いてさえいれば、ミカエルがあんな風に父親の様になる事もなかったのにと思うと残念でならない。
セレスティーヌが顔を曇らせて考えこんでいると、セシーリアが聞いてくる。
「ミカエルお兄様の事考えているの?」
セレスティーヌが、俯けていた顔をセシーリアに向ける。
「そうね……。どうして誰も止められなかったのかしら……。出しゃばってでもいいから、もっと私がミカエルを見ていてあげれば良かった……」
セシーリアが、セレスティーヌの手を優しく掴む。
「お母様が気に病む事ではないと思うわ。たきつけた兄様達も悪かったけれど、選んだのはミカエルお兄様だもの。それに、実の母親が今のミカエルお兄様を育てたのよ。残念だけれど、それを受け入れるしかないと思う」
セシーリアが、急に大人になってしまったような事を言う。セレスティーヌは、驚いてしまった。
知らない間に、立派な女性に成長してくれていた。嬉しさもあるが、何だか急に寂しくなる……。
それでも、子供達一人一人が選んだ今なのだ。セシーリアの成長を受け入れて、ミカエルの事は、セレスティーヌが何かを言うべきではないのだろう。
「ありがとう、セシーリア」
セレスティーヌが、満面の笑みでセシーリアにお礼を言った。
「そう言えば、フェリシアが静かね……」
セレスティーヌが、そう言いながらフェリシアの方を見る。すると三人が一緒に寝られるようにつなげてくれているベッドに、ドレスのまま寝っ転がって寝ていた。
まったくもうと思いながら、セレスティーヌは布団をかけてあげた。
「それはそうと、お母様! お母様が綺麗になっていて驚いたわ」
セシーリアが、珍しくはしゃいだ声を上げている。
「そうかしら? こっちに来てから、オーレリアに色々言われたりしているから……」
セレスティーヌが、恥ずかしそうに自分のドレスを見ている。
「オーレリア様のお陰なんですの? グラフトン公爵様のお陰ではなくて?」
セシーリアが、いたずらっ子の様な顔で聞いてくる。いつもなら、フェリシアのセリフだ。
「何言っているのよ……。エヴァルド様には良くして頂いているけど、そういう関係ではないのよ」
セレスティーヌは、勘違いしないようにとセシーリアに釘を刺す。
「あらっ、だって。先ほどミカエルお兄様に言っていた、お母様のタイプってそのままグラフトン公爵様じゃなくて?」
セシーリアが面白そうに、ふふふと笑っている。セレスティーヌは、さっき言った言葉を思い出して焦る。
「違うわよ! 確かに、グラフトン公爵様は素敵だけれど……。私の方が年上だし、既婚歴もあるし釣り合わないにも程があるわ!」
セシーリアが、何かを悟ったような顔をしている。
「そうですわね。私も、素敵だと思いましたもの」
セレスティーヌが、セシーリアが男性を褒めるなんて珍しいと驚く。
「さっきも思ったのだけれど、セシーリアが男性を褒めるのは珍しいわね」
セレスティーヌが、素直な感想を呟く。
「お母様、だってグラフトン公爵様って私の理想そのものですわ。雰囲気イケメンって言うのかしら……。見るからに誠実そうで優しそうだし、危険な匂いが全くしないもの。婚約者がいなかったら、間違いなく求婚していました」
セシーリアが、夢見る様な表情をしている。確かに、セシーリアとエヴァルドだったらお似合いだったかもと思ってしまう。
「そう、セシーリアのタイプだったの……。いなかったの社交界に?」
セレスティーヌが、訊ねる。
「ああ言う方って、表に出て来ないから中々私みたいなタイプの所には寄って来てくれないのよ。それに、すぐに第三王子に捕まってしまったし……。現実と理想は、ままならないものらしいですわ、お母様。だからお母様は、頑張って!」
セシーリアが、バチンとウィンクを飛ばす。
だから私はそう言うのではないのよと説明するが、セシーリアは譲らない。初めて娘と恋の話をして、なんだか嬉しいけど恥ずかしい。
こんな気持ちになれるのも、この国にいるからなのかしら? とセレスティーヌは考えを巡らせた。






