022 子供たちの訪問
それから半年の月日が経った。
セレスティーヌは、相変わらずグラフトン家にお世話になっている。
セレスティーヌがいくら言っても、アルバートもエヴァルドも物件を紹介してくれない。いい物件が出ないの一点ばり。
セレスティーヌは、もしかして探してくれてないのでは? と怪しんでいる。
この半年の間に、オーレリアとは今まで会わなかったのが嘘のように顔を合わせている。と言うのも、オーレリアの十歳になる娘の家庭教師をする事になったからだ。
オーレリアが勉学については教えられるので、本格的に家庭教師を付けていなかった。
行儀作法を教えられる良い先生を捜していた所で、セレスティーヌと再会した。
セレスティーヌなら、公爵夫人だったのだし適任だと言う事で半ば強制的に決まってしまった。
最初は余り気の進まなかったセレスティーヌだったが、実際教え始めてみると自分に合っていたらしく楽しい。
娘二人を育てた経験もあるし、他人の子だと思うと客観的に見られて、何かを教える事に対して苦に思わなかった。
オーレリアの娘、デイジー・フローレスがとても良い子だったのも理由の一つだ。
明るく前向きな夫婦二人の子だけあって、花が咲いたような明るさと快活さを兼ね備えている。そして物覚えも良い。
授業をしていても積極的に学ぼうと言う意思が感じられて、セレスティーヌも教え甲斐があった。
週に三回、午前中の二時間を授業時間として定めてオーレリアの屋敷に通った。
セレスティーヌも、何かをしようと思ってはいたので丁度良かったが……。まさか、子供を教える教師になるなんて考えてもいなかった。
エヴァルドやアルバートの二人は、今では家族の様にセレスティーヌを扱ってくれる。エヴァルドとの話し相手と言う約束は、今ではもう当たり前になっていて日常だった。
休みの日に二人で出掛けたり、夜の観劇に行ったりした。
エヴァルドのエスコートは、最初のうちはぎこちなさを感じていたが今では自然体になりつつある。
これなら、もう私じゃなくても大丈夫ではないかとセレスティーヌは思っている。
今度、アルバート様に言って、そろそろ良さそうな令嬢と話す機会を作ってみて下さいと言うつもりだ。
今日も、家庭教師の仕事を終えてグラフトン家に戻って来ると何だか屋敷内がざわついていた。
どうしたのだろう? と疑問に思いながらもいつもと同じように、玄関を通り自分の部屋に向かおうとした。
すると反対側の廊下から、執事がセレスティーヌの方に駆け寄って来た。
「セレスティーヌ様! セレスティーヌ様にお客様が来ております」
執事が、何やら焦ったようにセレスティーヌに告げる。
セレスティーヌは、首を傾げる。この国に知り合いなんて、オーレリアくらいしかいないけど……。
今、屋敷から帰って来たばかりだから、オーレリアって事はないよね? なんでこんなに焦っているのかしら?
「誰がいらしてるのかしら? 私、知り合いなんていないのに……」
執事が息を整えて言葉を返す。
「それが、セレスティーヌ様のお子様達なんです!」
「え?!」
セレスティーヌは、驚き過ぎて大きな声が出てしまう。
「本当なの?」
執事が、大きく首を縦に振っている。
「応接室にお通ししております」
執事にそう言われたセレスティーヌは、応接室の方向に歩き出す。
一体、どうしたのかしら? 何かあったの? セレスティーヌは、不安や疑問が頭の中で駆け巡る。
自然と歩みも速くなってしまう。応接室の前に着くと、一旦止まって深呼吸をした。
子供達に会うのは、約半年振りだ。何だか急に緊張してしまう。
トントンと扉をノックして、扉を開けた。
目に飛び込んで来たのは、半年ぶりに見る五人の子供達だった。
扉を開けたセレスティーヌは、驚きで固まってしまう。なぜなら家を出てから八年程、家に帰って来なかった三男のミカエルがいたから。
「ミカエル……」
セレスティーヌは、驚きの余りポツリと声を零していた。
五人の子供達は、扉が開いた瞬間に一斉にセレスティーヌの方を向いた。
子供達も、久しぶりに見る母親の姿に驚いていた。いつも暗くて地味な色目の服装しかしていなかった母親が、明るくて上品なドレスを着ている。
服装だけでなく、表情も雰囲気も何だか凄く明るくなっていたから。
「セレスティーヌ。会いたかったです」
ミカエルが、満面の笑みでセレスティーヌに話しかける。
久しぶりに対面したミカエルは、若い頃のエディーそのものだった。柔らかい赤毛の、人懐っこいふわふわした男性。
久しぶりに会ったミカエルは、元夫と同じように軽薄さが増していた。
「ミカエル……。母親を名前で呼ぶのは止めてって、何度も言っていたわ……」
セレスティーヌは、昔何度も口にした言葉を久しぶりに呟いた。
「僕にとって、セレスティーヌは母親ではないんです。昔も何度も言いました。セレスティーヌが、離縁したと聞いて急いで会いに来たんです」
ミカエルが、目をキラキラさせている。座っていたソファーから立ち上がり、セレスティーヌの前まで歩いて来た。
セレスティーヌは、何が何だかさっぱり意味が分からない。他の子供達の顔を見渡すと、どの子も困惑した表情をしていた。
ミカエルが、セレスティーヌの前に立ちセレスティーヌの手を取った。そして、手の甲にチュッとキスを落とす。
すっかり背が伸びて大人になったミカエルが、セレスティーヌを熱の籠った瞳で見つめる。
「セレスティーヌ、ずっと好きでした。僕と結婚して下さい」
セレスティーヌは、驚愕の表情を浮かべる。この子は一体何を言っているのかしら? 自分で言っている意味を理解しているの?
「何を言っているの? 久しぶりに会ったと思ったら、ふざけるのもいい加減にして!」
セレスティーヌが、怒った声を上げる。
「ふざけてなんていません。僕の本当の気持ちです。セレスティーヌ、だから一人の女性として答えて下さい」
ミカエルが、セレスティーヌの手を掴んだまま言葉を述べた。セレスティーヌは、掴まれていた手を振りほどく。
「一人の女性として? いいわよ。じゃあ、答えてあげる。絶対にお断りです」
セレスティーヌは、怒りの感情のまま怒気荒く答える。冗談じゃない。本当の気持ちだとしても、受け入れられる訳がない。
ミカエルが家を出て行った八年の間、本当に悩んだし心配もした。噂で聞くミカエルは、年々元夫のように女性にだらしなくなっていった。
一生懸命、他の子供達と同じ様に愛情を注いで育ててきた筈なのに、一人だけおかしな方向に進んでしまった。
実の母親が良いと言われたらそれまでだから、仕方ないとずっと自分に言い聞かせてきた。
でもずっと、生まれたばかりの赤ちゃんを寝不足になりながらもあやして、ミルクをあげて、世話をしてきたのはセレスティーヌだ。
母親は私なのだと言うままならない気持ちを抱えて来た。
「どうして? 僕はずっと、セレスティーヌしか愛してないのに」
ミカエルが、辛そうに悲しそうに表情を歪める。
「何言っているのよ! 社交界での噂を私が聞いてないとでも思うの? 父親と同じプレイボーイだって、あちらこちらで言われたわよ!」
セレスティーヌは、強い瞳でミカエルを見据える。
「だって、それは練習だから。セレスティーヌを上手く愛する練習なんだよ」
ミカエルは、それは誤解だと目を輝かせて述べる。
「アクセル! レーヴィー! 何なの? これは?!」
セレスティーヌが、ミカエルでは話にならないと兄二人に話を振った。






