098 志門寺の過去
「やられちゃったねー」
「そうですな」
和風感漂う屋敷の中で、二人の男が悲観していた。小柄な老人と幼い顔立ちの少年。威吹と志門寺だ。
二人はリオンの魔法収容力が消えたことを察知していた。
「もうちょっと頑張ってほしかったな」
「やはり、亜種の恢飢といえど、所詮は低級恢飢。足止めにもなりませんな」
「しょうがないね。ルリちゃんに追加の補充を頼むことにするよ。今度はとびっきり強い合成恢飢をね」
「確か、あれらはテスト段階の恢飢だとおっしゃておりました」
あの恢飢三兄弟はテスト段階の試作型合成恢飢だというのだ。故に、威吹は次の刺客として、再び合成恢飢を使うことを決定した。
「そういえば、ルリちゃんって今日出てきた?」
「いえ、研究室に閉じこもったままです」
「研究熱心だね。彼女は」
仕事場を飛び出したといっても、ルリバカスは幼少のころから研究が好きで、それをきっかけにハプスブルグ研究所の所長までのし上がった。たとえ、それが彼女の本心では無かったとしても、所長になれるだけの継続力と研究に対する情熱力を兼ね備えていた。
「儂も見習う必要がありそうだ」
少し恥ずかしそうに白髪を整える志門寺だった。
「じいやも仕事熱心じゃない」
「ルリ様には敵いませんよ」
「謙遜する必要はないってば」
「儂もルリ様の研究を手伝おうとしたのじゃが、雲泥の差に驚かされました」
「そういえば、じいやも昔恢飢の研究をしていたんだってね」
「左様。若い頃に王覇師団の研究隊に所属しておりました」
言葉が熱くなり始めた志門寺。
「それって、何年前ぐらい?」
「もう60年以上前の話ですな。若い頃は研究長志望じゃったが、組織の中ではそういった希望も中々通じぬものですよ」
志門寺は唇をしぼめた。
「どうかしたのかい?」
緑茶を嗜みながら問いかける威吹。
「儂の戦闘力が一研究員にしては、あまりにも飛びぬけていてな。師団長の目に留まって、戦闘員として雇われてしまいましたわい」
「それで、研究員としての未練はなかったの?」
「勿論それはありました。ですが、エクソシストとしての夢も捨てきれなかった」
「じいやにも若い頃があったんだね」
「これでも、昔は高身長で女子にモテておりました」
小さな胸を張ってそういった志門寺。
「意外だね。色恋沙汰には興味なそうな顔して」
「何をおっしゃる。儂も男ですぞ」
とても、100歳を超えたおじいさんの発言では無かった。
「それは頼もしいね。少子化の切り札になりそうだ」
「そこまで若くありませんよ」
皺を寄せて、笑って答える志門寺だった。
「さてと」
威吹は肩を回しながら、椅子から立ち上がり、ドアまで歩いて行った。
「どちらに行かれるのですか?」
「じいやとお喋りしていたら、ルリちゃんの事が気になってね。ちょっと様子を見に行ってくるよ」
そう言って、ニコリと笑いかけた威吹。




