090 女郎花
香久弥は自分の中学校に到着するまでに恢飢に襲われることもなく、無傷で辿り着いた。
香久弥は今の時間を確認すると、八時二十分であり、とっくに学校は始まってしまっている。
しかし、中学校には誰の姿も無かった。近くの山で恢飢現象が起こったため、臨時休校になったという紙が門の横に貼られていた。
「どうしよう……」
悲観的になり、そう呟いた香久弥は、取り敢えず校庭に向かった。家に帰ろうとしても兄の期待を裏切った自分を快く受け入れてはくれないだろう。
かといって、あてもなく道を彷徨うのは今の状況を考えると、とても利口的な考えとはいかない。そう思ったからこその校庭だった。
娯楽的な趣味は百年前からさほど変わっておらず、校庭の遊具などもまた然り。学校側は百年以上前の遊具を修理して、新しい遊具を買う事もしない。
そんな何処にでもあるであろう普通の校庭に香久弥は来た。部活動の音も、音楽の歌唱音も聞こえない学校を少し不気味に思う香久弥。
「なんか、嫌だな」
香久弥は、春風で揺れる木々のざわめきと不気味な静けさに不安を感じていた。まるで、自分の未熟さを浮き彫りにされている感覚に陥る。
「香久弥様」
「!?」
自分の名前を呼ばれて驚いた香久弥は、恐る恐る後ろを振り返った。自分を様付して呼ぶのは零界堂家に関係してる者だと、香久弥は重々承知していた。
「お出迎えに参りました」
香久弥の目の前に居たのは、金髪ロングヘアーの男。香久弥はこの男の名前を知っていた。
「リオン・ボレゲーロさん」
声を掛けた男の正体は合成恢飢三兄弟の長男、リオンだった。
「私の事を知って頂けているとは、嬉しい限りです」
素直に頭を下げたリオン。
「お兄様からあなたの容姿と名前を聞きました」
「そうですか、お兄様は私の事を何とおっしゃっておりました?」
「薄汚い獣だと」
すると、リオンは突然体をひねって笑い始めた。
「ハハハハハハハハ、思った通り、奴は腹の底は見せていなかったか」
「どういうことですか?」
「わずらわしい敬語はやめだ。御嬢さん、私と一緒に来たまえ」
リオンは香久弥の手を取った。
「やめてください!」
本気で嫌がる香久弥は身悶えして、その手を振り払った。
「私と一緒に来るのは嫌かね?」
「あなたは恢飢ですから、何をされるか分かりません!」
大きな声を上げて嫌悪感を醸し出す香久弥だった。
「いやいや、私は思っているよりも随分と優しい男だよ」
手を大きく広げて、自分は無装備で何もしないと訴えるリオン。
「それに、私はお兄様の元に帰るつもりはありません」
「というと?」
「帰ってお兄様にお伝えください。人を監禁して身代金を要求することは、愚かな恢飢と同じである。と」
「遠回しに私を侮辱している様に聞こえるのだが、気のせいだろうか」
「コメントは差し控えたいと思います」
香久弥は、リオンを冷たく睨み付けた。
「それだと、会話が続かないな」
「あなたとそれ以上言葉を交わすつもりはありません。早く行って下さい!」
「ところがこっちはそうはいかんのだよ。君と打ち解けないと、君を屋敷に連れて行く道中が気まずい雰囲気になるからな」
強制的に連れ戻すという意味とも取れる発言をしたリオン。
「嫌……」
「さあ、一緒に来い」
力を入れて、香久弥の腕を掴んだリオン。
「嫌です!」
「手を貸すぞ」
殺気を感じたリオンが後ろを振り返ると、リオンの頭に向かって鈍器が振り下ろされた。
リオンは「っち」と舌打ちをしながら跳躍し、攻撃を躱した。
「貴様」
リオンの目の前に居たのは神代と聖人だった。リオンは手間が省けたと口角を上げた。
「助けに来たぜ、香久弥ちゃん」
「玖雅さん、神代さん!」
二人が助けに来たことにより、安堵を感じた香久弥は二人の元に駆け寄った。
「ちょうどいい。これで、まとめて標的を倒せる」
リオンの魔力収容力が格段と上昇していく。聖人と神代はそれだけで威圧感を感じ取っていた。
「神代」
「何よ?」
「ここは俺に任せな。常夜叉鎚矛を試すのに丁度いい機会だ」
聖人が一歩前に踏み出した。
「ハハハ、俺はアイツらとレベルが違うぞ」
「それがどうした。てめえを死ぬまで殴り続ければいい話だろ」
聖人はそう言った。




