006 吾輩は猫である
ここは公園だ。周りにはブランコなどの遊具が設置されていて、障害物になっている事を頭に入れて戦わなければならない。
私は辺りを見回して敵が何処にいるか探した。さっきのドンヨリとした空気から察するに、必ず公園の近くにいるはずだ。
奇襲攻撃に備えて、全方向を隈無く散策する必要があり、後ろを取られないか注意する。極度の緊張から口の中が渇いてきた。
「こっちだ」
声がする方向に振り返ると、灰色の太った猫が滑り台の上に座って、私を見下ろしていた。奴の尻尾は九つに割れている……間違いない、私の獲物だ。
「夫婦漫才は済んだかな?」
灰色の猫が喋りかけてきた。動物型の恢飢が意思を持って喋るのは非常に珍しい光景である。
「誰が夫婦よ、あんなへっぴり腰は私のタイプじゃないわ。私のタイプはね、ダンディーなおじ様よ」
律儀に答える私。
「吾輩が見た限りは、とても相性が良いように見えたのだがな」
身体をクルリと曲げて毛ずくろいを始める猫。身体が大きすぎて全く舌が届いていない部分がある。
「にしても、土管に隠れてた私達に気づいてたなら、どうして攻撃しなかったのよ?」
ふんっと鼻息を鳴らす猫。毛ずくろいを止めて、黄色の目で私を見た。
「吾輩はいついかなる時も1対1の戦いを望むのであるよ」
「アンタね、下級恢飢のクセにかっこつけすぎ」
「思った事を口にしてるだけだ~よ」
すると、奴の九つに割れた尻尾から黒い光が渦巻いた。奴は先程の技を使う気だ。
「純琴術律」
灰色の猫がそう言うと、闇エネルギーが尻尾から発射された。私は地面に手をついて倒立回転で攻撃を避ける。
やがて、全ての闇エネルギーは目標を外れて地面や木をえぐり倒した。破壊力は凄まじく、この攻撃を受ければひとたまりもないだろう……。
「御嬢さん(ドゥルーク)見事だ。実に華麗な動きであった」
「それって皮肉?」
「いいや……紳士たる者、たとえ相手が敵があろうと褒め讃えるのが礼儀なのだよ」
またもや尻尾から黒い光が渦巻いた。
「無駄よ。また避けてやるわ」
ハッタリでは無い。奴の技は破壊力がある変わりに動きが鈍く、簡単にかわせる。
「吾輩は猫である。だが、猫も学習するのさ」
見ると、9つの闇エネルギーが収束されて、1つの巨大な黒い球体に変化した。猫が乗っている滑り台の大きさは軽くある。
「どうだ? かなりの大きさだろう。これならドゥルークでも避けられまい」
猫が口を開けてニンマリと笑った。
「純琴術律・濁」
巨大な球体が唸りをあげて放出された。奴が言った通り、咄嗟に避けられるレベルでは無い。
「さよなら、ドゥルーク」
「それが……どうしたってのよ」
「ん?」
「来て! リリーヤ」
空から人間の大きさはあろう白い鳥がバサバサと羽ばたき、私の目の前に降りてきた。鳥は孔雀のように羽を広げて、胸で黒い球体を受け止める。
「ドゥルークの使い魔か?」
「そうよ、名前はリリーヤ。胸に鏡があるの」
リリーヤは敵の攻撃を鏡に受けて吸収する事と、吸収した攻撃を跳ね返す事も可能だ。
「さよなら、猫さん」
鏡から浄化された光のエネルギーが現れた。
「純琴術律・陽」
光のエネルギーが灰色の猫を襲う。
「……美しい」
猫は攻撃を受けた瞬間につぶやいて、そのまま滑り台から弾き跳ばされた。
◇◇◇◇◇◇
砂場に叩きつけられた猫は、小刻みに震えながらゼエゼエとだらしなく息切れをしていた。
立場は逆転して、今は私がこのボロ雑巾になった猫を上から見下ろしている。
「殺せ、ドゥルーク」
見るも無惨な猫は、もうまもなく黄泉の世界へ旅立とうしていた。
「いいえ殺さないわ」
「それでは、どうする気だ?」
「アンタを生きたまま捕らえて売り飛ばすのよ」
私がそう言うと、ハハハと腹から声を出して笑い始める猫。
「顔に似合わず強情なドゥルークじゃないか」
「喋る動物型の恢飢は珍しいもの。きっっと、狩るより捕らえた方が高値の賞金が出るわ!」
お札の山を想像するだけで、興奮してきた。私はさっさと手と手を重ねて魔法詠唱を唱える。
【拡散し、燐火する呪縛の黒錠よ。飢え狂う暴れ牙で、君子の魂を喰らえ。――歪呪十字架】
空から漆黒の十字架が降りかかり、猫に襲いかかった。猫の周りには十字架が突き刺さって、身動きがとれない状態だ。
「さぁ、いくわよ」
胸ポケットから何も書かれていない1枚のカードを取り出した。このカードは恢飢を封印する時に使用し、封印した恢飢の絵柄がカードに浮かび上がる仕組みになっている。
カードを猫に向けて掲げると、風が吹いてブラックホールのように対象を吸い込む。余りの強風に目を開ける事すらままならず、木々が枝を振り回してザワザワと音をたてる程だ。
間もなくして風が止み、目を開けた。――やった捕まえた。と、感激したのも束の間、土煙が舞う中で猫の影がくっきりと見えた。しかも先程使用したカードの風で、歪呪十字架が吹き飛ばされている。
「どうしたドゥルーク? 吾輩はまだここに居るぞ」
萎れていた猫が、4本の足で立ち上がった。
「……仕方ないわね」
私は重要な事に感づき、土管に隠れている男を引っ張り出した。




