646 胸を張って廊下を歩く男
諦めない心が大事だと聖人は常に自分の心に言い聞かせてきた。どんな逆境に立たされようとも、自分には障害を跳ね除ける力が有ると信じているのだ。無論、こうして廊下を進んでいる間も、揺るぎない自信に満ち溢れている。周りの人から駄目人間扱いされようが何をされようが、決してブレない鋼の精神を持っている。故に聖人は石頭の頑固野郎だと罵られ、担任教師からも見放されている。『魔力を持たない者が魔法学校に通うな』だの『お前は親の七光りだらうが』だの『さっさと転校しろ』だの口うるさく否定され、常人ならば強いショックを受けるであろう。本来なら、イジメから護ってくれる筈の先生から精神的なイジメを受けているのだ。しかしながら聖人は一切の迷いを捨てて、己が信じる友人と共に歩を進めていく。たとえ先生達から愛されていなくてもノープログレム。こちらに刃を向けようとする者がいれば、近付かなければいい。それでも向こうから接近して来るのであれば、正々堂々と胸を張って見下してやれば良いのだ。少なくとも聖人は、相手の意見に合わせるような真似は絶対にしない。本当に大切な事を知っているからだ。自分の心を傷つける行為は最悪の結果を招く。どんな逆境に立たされようとも、信念を曲げずに折れない心で立ち向かっていく。聖人はそういう男だ。
「いつまで続くんや……」
後ろを歩く似非関西弁の友が愚痴を漏らしていた。そもそも愚痴を言って何が解決するのか聖人には分からない。口からマイナスな言葉を吐き続けるのは、体力が消耗するだけだと気付くべきである。そんな事をする必要は無い。何故、彼は自らを追い込み、破滅の道に進もうとするのであろうか。聖人はふと疑問に思い、獅子浪太に問いかける。
「おい……お前今なんて言った!」
友の情けない言葉を聞いて怒りが湧き、拳が震える。体を振り向かせながら右手を伸ばし、浪太の胸ぐらを掴み上げると、勢いに任せて一本背負いをお見舞いする。敢えて友人の体を廊下に叩きつける事により、目を覚まさせる。
「ちょっと待てって! 頼むから落ち着いてくれ」
眼前の男はこの期に及んで情けない言葉を口にしていた。常に心をマグマのように煮えたぎらせ、気迫に満ちた闘志を維持し続けようとする聖人に対し、あろうことか『頭を冷やせ』という謎のアドバイスを提供してきた。これには現代のガンジーと呼ばれる聖人も、ちゃぶ台をひっくり返して怒り狂う寸前だった。
「お前は愚痴を吐く人間じゃないだろう!」
まさしくその通りであると、浪太はハッと我に返った様子で目を見開いていた。世の中にはまるで息を吐くように愚痴をこぼしまくる野郎が存在する。そういう輩は誰からも信用されなくなり、やがて進むべき道を見失ってしまう。愚痴を吐く事で自分を正当化しようとする行為そのものが愚かであると何故分からないのか。聖人はそう友に言い聞かせ、目を覚まさせる事に成功した。浪太はゆっくりと起ち上がり、迷いなき眼で一直線に廊下を進んで行くのだった。




