005 幻想晴れルヤ
「おい、どこに連れていく気だ!」
いくら叫ぼうが返事をしてくれない。奴らはまるで機械のようだ。
「ふざけんな、ここから出せ!」
途方もくれず、ひたすら叫び続けていると、車は路地裏に止まった。――まさかコイツら同姓愛者で俺を狙っているのか?
「降りろ」
助手席に乗っている男がそう言ったので、俺はドアを開けた。外は一本道になっており、戻るか進かのどっちかしか選べない。
「進め」
俺は言われた通りに進んでいった。一歩ずつ一歩ずつ確かに歩いていると、目の前に誰かがいるのが薄ぼんやりと見えた。
(誰だあれ)
なぜか見覚えのある風貌をしていたので、気になって気になって仕方ない。俺はその何者かに忍び足で近づいて行き、電柱の影からこっそりと覗く……決して覗き魔ではないぞ。
(あ、あいつ!)
見覚えがあるのも無理はない。こちらから見ると後ろ姿しか見えないが、あの流れるような銀髪で確信した。今朝の登校中に目が合ったクラスメートの女の子だ。
(こんな場所で何やってるんだ?)
俺は電柱から電柱へバレないように身を隠しながら小走りで進んだ。距離が縮まるにつれて、声が聞こえてきたので、恐らく誰かと会話しているようだ。
「あ」
彼女が急にこちらに振り反って、目と目が合った。――背筋にいやーーな汗がつたる。入学早々に不審者扱いされたくないので、ここは逃げずにやり過ごそう。
「よ、よう、こんな場所で何やって……」
俺に気づいた彼女は何故か猛スピードで走って来た。
「!?」
次の瞬間、彼女が両手を広げて俺を抱き締めた。女の子特有の膨らんだ胸が当たっている。
「伏せて!」
その言葉と共に俺は勢いよく押し倒された。始めての体験で心音がドクドクと高まると、俺の脳裏に、とあるプレイが浮かんだ――まさかこんな場所で!?
「積極的な女は嫌いじゃないぜ……ベイベー」
彼女の腰に手を当てると、彼女に左頬を思いっきりビンタされた。
「あれ?」
思っていたプレイでは無かったが、俺はこっちのプレイでも十分ご褒美だった。
「ありがとうございます!!」
満面な笑みでお礼をすると、今度は右頬をビンタされた。
「バカ言ってないで早く立ちなさい、逃げるのよ」
俺は彼女に手を掴まれて、そのまま走り出した。何事かと思い、後ろを振り返ると魔法らしき黒い炎が何発も飛んできて、その1つが回りの電柱に直撃した。
「うわああああ! なんじゃありゃあああ!!」
よく見ると猫の尻尾が9つに割れて、尻尾の先端から魔法が発射されていた。まるで、九尾の狐ならぬ九尾の猫だ。
こうなると、近くに女の子が居ようが居まいが関係無い。俺は目の球が飛び出るぐらい叫び倒した。
「か、か、か、恢飢現象や!」
絶叫と共に間もなく気を失った。
◇◇◇◇◇◇
「起きなさい」
「うわっ!」
まるで落雷が落ちたかのような爆音が響いたと思ったら、彼女が耳元で大声を出していた。
「ここは……どこだ?」
立ち上がろうとしたら、鉄らしき物に頭をぶつけた。たんこぶが脹れてそうな激痛に思わず頭を撫でる。
「痛ってぇ」
「バーーカ。ここは土管の中よ」
――なるほど、土管の中だから声が響いていたのか……って、まてよ。年頃の女の子と暗がりで二人っきりは色々と不味いのではなかろうか?
「あんた、あそこで何やってたの?」
獅子奮迅の顔で迫り来る彼女。なぜ、彼女はここまで怒っているのか理由がわからない。しばらく気を失っていたせいで記憶が曖昧だ……。俺は頭を抱えて記憶の断片をパズルの如く組み立てた。
すると、脳内で豆電球が光った。全ての断片が組合わさったのだ。
「違うんだ。マ、マ、マ、マフィアに拉致されて!」
先程の九尾の猫が思い浮かび、恐怖のあまり呂律が回らない。彼女は腕を組んで、俺の目をジロりと睨み付けた。
「バカ言ってんじゃないの、マフィアなんかいるわけないでしょ」
呆れた様子で溜め息をつく彼女。
「マジだって、これはマジの話なんだ。奴らに大事な何かを奪われそうになったんだ!」
釈明の機会を求めて、ひたすら土下座のごり押し。このままだと本当に覗き魔のレッテルを貼られて、花の学園生活が崩壊してしまう。
「いつまで謝ってんのよ」
顔を上げた瞬間に彼女のデコピンが額に直撃した。
「痛いって!」
あまりの痛さに仰け反る。
「もう静かにして、アイツに聞かれたらどうするのよ」
プツリ……と生まれて始めて堪忍袋の緒が切れた音がした。
「そういうお前が一番うるさいじゃねぇか!」
そっと、彼女の白い手が俺の口を防いだ。
「黙って」
先程とはうってかわって、ドヨンとした空気が辺りを包み込んだ。
「アイツが来たんだわ」
彼女は後ろを確認して、ゆっくりと手を放した。俺は不安に押し潰されそうになり、ガチガチと歯を鳴らして、唇を震わせる。
「あんたは頼りにならないからここに居て」
「それは勿論だが、お前はどうするんだ?」
「……アイツを懲らしめに行くわ」
俺は慌てて、ズボンのポケットから電話を取り出し、震える指で110を押す。
「ちょっと何してんの?」
「警察だよ、恢飢現象に巻き込まれたら即110番って小学生で習っただろ」
「ダメよ!」
怒りの形相で俺の手から電話を引ったくった彼女は、そのままスカートのポケットに俺の電話を入れた。
「おい、俺の電話」
「後で返してあげるわよ。それより、ポリ公にせっかくの獲物を横取りされるなんて堪ったものじゃないわ!」
「ポリ公……え、えもの?」
空いた口が塞がらないとはこの事だったのか。すると、彼女は俺の頭と顎を持って強制的に口を閉めてきた。
「私が出て行くまで頭下げてなさいよ。もし頭を上げたら……駆逐してやるんだから」
悪魔の微笑みに血の気がひいていき、俺は言われた通りに頭を伏せた。
(今日1日クソすぎるだろォーー!)




