053 黒トリュフのスパゲッティ
屋敷の扉を勢い良く開けたヴォルフガング。
「お、お帰りなさいませ。風呂にしますか、それとも食事になさいますか?」
使用人のビョルンは少し驚いた様子で聞いた。
「シャワーでいい」
「あの……風華さんは?」
「後で話す」
ヴォルフガングは風呂場に向かった。とにかく一人で考える時間が欲しがったのだ。
風呂場は面積が広い事もあるが、何を隠そう大理石で造られており、高級感漂う風呂場だ。
しかし、ヴォルフガングはこの風呂場を嫌っていた。貧乏時代に入っていた狭い風呂の方が好きなのだ。ヴォルフガングの趣向は少し変わっている。
「警戒すべき敵が増えてしまった」
ヴォルフガングは衣服を投げ捨て、風呂場に入った。滑りが無く、使用人達はちゃんと掃除していると感心するヴォルフガングであった。
「ふぅ……」
少し熱めのシャワーを頭から全身に流れる様にした。そして、ヴォルフガングの引き締まった筋肉が水を弾いている。
「しかし」
ヴォルフガングは疑問に思っていた。ラストラッシュが仮に、風華を拉致監禁して身代金を要求する計画だとしよう。ラストラッシュがそんな小物じみた真似をするかどうかが気になって仕方ないのだ。
「だが」
長年顔を見合わせ無かった間に、奴の考え方は変わったのかも知れない。
「そして」
生徒会長の風華を拉致出来る実力者など碩大区にはほとんどいない。自ずと限られてくるのだ。
ヴォルフガングが一番怪しいと睨んでいるのはラストラッシュ。あのタイミングでコンタクトするという事は、何か裏があると見て間違いないからだ。
次の実力者は卍堕羅質屋の滑子さん。もちろん滑子さんが犯人だとは微塵も思っていないヴォルフガング。
「もしかして」
ふと、ヴォルフガングの脳裏には、師匠の顔が思い浮かんだ。師匠は零界堂家の執事である。実力もさる事ながら、王覇師団に在籍した経歴を持っていた。
「バカな」
ヴォルフガングは首を振った。もしも師匠が犯人だとして、動機が見つからないのだ。
「考え過ぎか」
シャワーのお湯を止めて、ヴォルフガングは風呂場から出た。そして、隣の乾燥室に入る。
「乾燥完了しました」
その間、実に3秒である。3秒で全身にかかった水が乾いたのだ。
ヴォルフガングは服に着替えて『晩餐室』に向かった。ここで、霧登家やそれに親しい者は食事をするのだ。
元々霧登家と知り合いだったヴォルフガングは、親しい者としてカウントされる。
「黒トリュフのスパゲッティでございます」
使用人のビョルンが慎重に運んできた。これは、フランスのペリゴール地方で獲れた黒トリュフを存分に使ったスパゲッティである。
「ご苦労。今日は皿割ってないか?」
「はい。お陰さまで一枚も」
「そうか」
もう一人の使用人が、白ワインを持って来た。ヴォルフガングは、スパゲッティを食べながら白ワインを飲むのが好きなのであった。
「ふむ」
「どうか致しましたか?」
心配そうにヴォルフガングの顔を覗き込んだビョルン。
(今日は食欲があまり無い)
とは口に出せなかった。貧乏時代に一週間何も食べれなかった時もあったのだ。空腹の苦しさは誰よりも分かっているつもりであった。
「いただこう」
ヴォルフガングはスパゲッティの麺を巻いたフォークを持ちあげて、口に入れた。
「美味い」
食欲が一気に湧いた。やはりスパゲッティは最高だと言うかの様に、あっという間に平らげてしまったヴォルフガングである。




