047 廃校恢飢事変
獅子浪太は気がつくと、秘密基地まで走り続けていた。秘密基地というのは、去年から廃校になった中学校を内緒で使っているのだ。
「何処にいる」
何かを探すかの様に教室の扉を開けていく浪太。
「よお、浪太」
1年C組のクラスに浪太が探していた者がいた。
辺土名惣太郎。眼鏡が似合うナイスガイだ。彼は浪太の中学時代の親友だった。クラスは違うが、惣太郎も足若丸高校に通っている。
「今日は来ないと思ってた」
惣太郎はガムで風船を作った。
「ちょっと暇してたから」
「へー」
惣太郎が座っている席の上には大量の御菓子が置かれていた。どれもこれも大昔に流行った駄菓子の復刻版である。
「そこのブドウジュースくれ」
「いいよ」
ブドウジュースを受け取った浪太は、キャップを開けてゴクゴクと音を立てながら飲んだ。
「プハッー!」
疲れた身体に栄養満点のブドウジュース。
「超絶に上手い」
思わず声が漏れた。それは、身体中の血液がブドウジュースになっていく気分に近い。浪太はそう感じていたのだ。
「漫画も読む?」
惣太郎は机の中から月刊誌の漫画を取り出した。電子書籍が当たり前になった世の中で、月刊誌を買う者は極希である。
「ワイは週刊誌派やからええわ」
「強がりしちゃって」
「ホンマや。ワイは月刊誌読まへん」
「分かったよ。じゃあ僕が読むから」
惣太郎はペラペラと月刊誌をめくった。本当に読めているのか分からないスピードで。
「なあ、惣太郎」
「なーーーーに?」
「この校舎って結構古いよな」
「そうだね。僕達が見つけていないと、もっと昔に潰れてただろうね」
建物というのは使う人間がいないとボロボロになってしまう。そういう事を惣太郎は言っているのだろう。
「ワイらが高校を卒業して、大学に進学した頃はこの校舎も取り壊されてるんやろうか?」
無意識の内に大学に進学すると言っていた。浪太は父親の跡を継ぐ気は毛頭無い様だ。
「それは無いと思うよ。この中学校って、第三次世界大戦の時からあったらしいし」
「半世紀近く前の学校なのか」
「うん」
惣太郎は飴玉を口の中に入れた。オレンジ味である。
「それにしては綺麗やな」
「確かに。誰かが掃除してるみたいだね」
この校舎には蜘蛛の巣一つ無く、埃すら見当たらない。浪太はてっきり惣太郎が掃除している物だと思っていたのだ。
「お前が掃除してるのかと思ってたわ」
「奇遇だね。僕も浪太が掃除してるのだと、てっきり」
すると、ミシミシと言う音が天井から聞こえた。
「おい」
二人は顔を見合わせた。
「二階からだね」
惣太郎は席から立ち上がって教室の扉を開けた。
「ど、ど、どこに行くんや!」
「決まってるでしょ。音の正体を確かめに行く」
「あかんあかんあかんあかんあかんあかん!」
浪太は惣太郎の腕を掴んで必死に制止した。
「どうしたの?」
「お前、今朝のニュース見たか。警察二人が恢飢に殺されたんやぞ」
「だから?」
「恢飢がおるかも知れん!」
「もし恢飢なら、僕達はとっくに殺されてるよ」
それは最もだと浪太が思っていたら、惣太郎はどんどん前に進んでいた。
「ほら行くよ」
浪太は連れられる様にして階段を登って行った。
「恐いねん」
衝撃のカミングアウトをした浪太。
「誰でも恐いよ。僕だって恐いし」
「じゃあ、何で前に進むねん」
「僕の場合は恐怖より好奇心の方が強いから」
惣太郎は背が小さい割に度胸がある。そんじょそこらの大人より頼もしいと思う浪太であった。
二階に着いた浪太と惣太郎は、一つづつ教室を見て回った。すると、二年C組の電気が光っていた。さっきまで二人が居たクラスの丁度真上である。
「あそこかな」
「やっぱりやめへんか?」
「何言ってるんだよ。此処まで来たのに」
惣太郎はそう言って、扉を少しだけ開けた。隙間から見てやろうと思ったのだろう。
「ワッ!」
惣太郎が尻餅をついた。
「どうしたんや」
「犬が二足歩行で鼻歌しながら掃除してる」




