031 主人と執事の口喧嘩
ソファーの上で大イビキをかいて寝ているのはヴォルフガングであった。あれから、滑子の魔法で屋敷の前まで空間移動したのだ。
風華は滑子に手伝ってもらい、ソファーまで身体を引っ張ってきたのである。
「グルルル……スピー」
気を失っていたのが嘘の様に爆睡しているヴォルフガング。
「五月蝿い」
騒がしい音が苦手な風華は、ヴォルフガングの鼻を片手で摘まんだ。
まもなく、ヴォルフガングの顔が真っ赤になり、ソファーから飛び起きた。
「グハッ、グハッ」
喉を押さえて咳き込むヴォルフガング。彼は屋敷を見回して、自分が何故ここにいるのか理解しようとした。
「そうだ……俺は」
愛する人に、事実上フラれた衝撃で、気を失ってしまったのだ。そこで、屋敷に強制帰還させられたという事を、瞬時に把握したヴォルフガングであった。
「よりによって、卍堕羅質屋で気絶したとはな」
風華は、腕を組んでいる。不機嫌な証拠だ。
「くそ」
「迷惑かけおって、とっと謝りに行け」
「俺には、滑子さんと会う資格なんて無い」
「女々しいぞ」
「お前にフラれた気持ちが解るのか?」
「……解らない」
その美貌から、告白される事は日常茶飯だが、全て断ってきたのだ。勿論、風華自ら告白した実例も無い。そもそも、風華は男自体が嫌いである。
今まで恋を経験せずに、十八年間生きてきた。恋は勉強の妨げとなり、霧登家の後を継ぐという目標を見失ってしまうのではないかと考えていたのだ。
「だったら、生意気言うな」
「それは貴様であろうが! 私は主人で、お前は執事なのだぞ」
「俺の主人は、あんたじゃない」
「誰だ?」
「旦那だよ。俺は旦那に言われて、仕方なく執事をやってるだけだ」
この一言で、堪忍袋の尾が切れた風華は、無言で屋敷から出ていってしまった。
「やれやれ……とんだ、じゃじゃ馬娘だ」
反抗期の娘を持っている気分になったヴォルフガングであった。
「あー、クソッタレ!」
ヴォルフガングは怒りをぶちまけようと、エレベーターに乗って地下に向かった。この苛立ちは、雑魚の恢飢をいくら倒そうが、収まりそうに無かったのだ。




