024 You're fired
第六世代東京都のセキュリティは万全だと豪語する官僚がいる。残念ながら、官僚の考えは的外れだ。現在、第六世代東京都の恢飢現象は活発化し、警察やエクソシストなどは、目まぐるしい対応に追われている。
いつ終わるか解らない恢飢現象に、人々は恐怖や混乱の日々をおくっているにも関わらず、ほくそ笑む組織が一つある。
それこそが、盗賊ギルドだ。
彼らは、その名の通り、盗みを生業とする者達で結成されたギルド。本部は魔法界の首都に置かれ、ほどんどのギルド員は地下に潜伏している。
そして、それは魔法界に限った話では無い。地球上のいたる場所に盗賊ギルドの支部が設置され、闇世界の半分は、彼らによって支配されていると言っても過言では無いだろう。
例えるなら、商人の街、碩大区。24時間営業の店が立ち並び、活気に溢れた商店街が象徴のこの場所も、既に盗賊ギルドの魔の手が忍び寄って来ていた。
盗賊ギルド第六世代東京都支部、支部長のDDD・ラストラッシュは、アジトの前で足を止めた。ここの扉を開くためには、ギルド員のみが知っている魔法を唱えなければならない。
これは、盗賊が盗賊に押し入られるのは何よりの屈辱であるという理由があり、初代のギルドマスターから伝えられた伝統でもある。
ラストラッシュは唇を緩めた。
「黄金の打神鞭――ガウルム」
間もなく、扉は音を立てて開いた。ラストラッシュは、満足そうな顔でギルド内部に足を踏み込み入れる。
しかし、この場所はまだ正式なギルド内とは言えない。紅一色に染まったロビーを抜けた場所に真のギルドが存在する。
「支部長のラストラッシュです」
受付の男に声をかけた。ラストラッシュは、たとえ相手が格下であろうとも敬語で喋るのだ。
「お疲れ様です。ラストラッシュ様」
受付の男は深々と頭を下げた。当たり前だが、受付の男も敬語だ。
「最近の仕事具合はどうですか?」
ラストラッシュは筆のキャップを開けて、紙に名前を書き始めた。仕事上は偽名を使う事は多いが、アジトに入るためには本名を書かなければならない。
たとえ、支部長であってもだ。例外は無い。
「好景気ですよ。今は」
受付の男は笑って答えた。
「恢飢現象に感謝しなければいけませんね」
「全くです」
「これで第六世代東京都支部の設備も充実していけば良いのですが」
ラストラッシュは、魔法界の本部からこの支部に移って来た。だから、本部と支部の設備の違いを知っている。
「本部はどういった所なのですか?」
「そうですね……本部はいい所ですよ」
書き終えて筆を置いた。ラストラッシュは、とっとギルド内に入る事も出来たが、談笑を続けようと思った。
「私もいつか本部に行ってみたいです」
受付の男はまだ見習いの身分だ。本部には選ばれし盗みの超越者だけが、立ち入れを許される故、この男には無理であろう。
「あなたなら大丈夫ですよ」
だが、ラストラッシュはこう言った。無論、冗談である。
「ありがとうございます!」
受付の男は冗談を真に受けてしまった。ラストラッシュは心の中で「愚かな奴だ」と呟いた。
「では、失礼しますよ」
紙に一言加えた後、ラストラッシュは颯爽とロビーを出た。これ以上喋っていても、時間の無駄だと判断したからだ。
すると、後ろから男の悲鳴が聞こえた。振り返ると、受付の男は気絶して口から泡を吹いている。
紙にはラストラッシュの名前と『You're fired』という一言が書かれていたのだ。
「大袈裟ですね……たかがリストラで」
自分の思った通りに動かないコマは、とっと切り捨てる。それがラストラッシュの流儀だった。




