023 ヴォルフガング
霧登風華は退屈していた。エクソシストの名家に生まれたといっても、実際に恢飢を退治するという実例も無く、毎日勉強ばかりの高校生活3年目に突入してしまったのだ。
両親は魔法界で仕事をしていて、執事と風華の2人だけで、この屋敷を使っている状態だ。勿論、使用人はいるものの、風華は、使用人を家族の一人として数える事はしない。
「ふわぁ~」
ベッドで目が覚めた風華は、背筋を大きく伸ばして欠伸をした。 このベッドは魔法界のとある幻精生物の羽毛で作られた特注品であり、目覚めは最高だ。
風華は時間を確認した。7時50分だった。いつもなら、もっと早く執事が起こしてくれるはずだが。
不思議に思った風華は、階段を駆け降りて、執事の部屋を開けた。しかし、部屋に執事の姿は無かった。
「おかしいな」
風華は、部屋の中をこっそりと覗き込んだ。執事の部屋はかなり殺風景である。
「おい」
「ひゃっ!」
突如、声をかけられて驚いた風華は、その場で跳ね上がる。振り返ると、執事が見下ろしていた。
「俺の部屋で何してるんだい? 御嬢さん」
ハンドガンで風華の肩を叩いた執事。風華は逆上して、そのハンドガンを蹴り上げた。
「おいおい」
ハンドガンは階段を転がり落ちていき、階段の下にいた使用人の足に当たって止まった。使用人はハンドガンを拾おうとして、しゃがんだ。
「拾うんじゃねぇ!」
執事に叱咤された使用人は、頭を下げて、自分の仕事に戻っていった。
再び、執事が話しかけた。
「朝から暴力はやめてくれませんかね」
「それはこちらの台詞だ」
「何を怒ってるのぢ?」
「仕事を無断欠勤して、恢飢退治に励んでいたのだろう」
霧登家が雇っていた執事は、代々真面目が性分の人間ばかりだったのだが、目の前にいる男は違っていた。
この執事の名前は、ヴォルフガング・ロドリゲス。ぐうたらと命令違反が取り柄のプー太郎の様な男である。
「たまに身体を動かさないと、腕が鈍るんでな」
「お前は執事の仕事だけをしてればよい!」
「怖い怖い。御嬢さんが角を生やして怒ってるぞー」
ヴォルフガングは、指で角を作って、躍り始めた。完全に小バカにしている。
「もー!」
「今度は牛になったか」
「誰が牛鬼だ!」
不機嫌になった風華は、階段をわざとらしく音を立てて降りて行き、着替え室に飛び込んだ。
「父様と母様……何であんなバカを雇ったの」
ふと、鏡を見た。頬を膨らませて風船の様になっている。これは、風華の幼少の頃からの癖であり、怒りが頂点に立つと、頬を膨らませてしまうのだ。
「はぁ……」
自分の顔を見て、罪悪感が一気に身体を支配した風華は「朝から怒鳴って、私もバカじゃん」と思いながら、パジャマを脱いだ。
クローゼットから制服を取り出して、スカートと服を着た。制服に身を包むと、生徒会長という名の責任が重くのし掛かる。
「早くしないと遅刻する」
最後に靴下を履いて着替え完了。風華は、急いで朝食室に向かった。
朝食室には、一人分の食事が置かれていた。とても広い部屋なのに、一人で食べるのは、寂しいと思ってしまう風華であった。
「そこの使用人」
「はい?」
「一緒に食べないか」
「申し訳ありません。先にいただきましたので」
使用人は苦笑いを浮かべながら、地下室に潜って行った。




