021 零界堂家の再建
(丑三つ時、そろそろ時間ですね)
私は雇い主と会うために、待ち合わせ場所の腐工場に来ている。ここは、まだ魔法や創造神などの物騒な物が無かった……というより、発見されていない時代の名残だ。
絶好の隠れ家というべきか、まず、ここに立ち入ろうとする者は居ないだろう。なぜならば、立ち入り禁止の立札が置かれているからだ。
私からすれば、こんな場所よりも、幼児や小学生などの子供が、簡単に魔法を使う事が出来る今の世の中を危険に思ってしまう。
「今夜も月は綺麗だ」
いつの間にか、隣に雇い主の姿があった。まだ高校生だというのに、大人の私よりも身長が高い。
「ご報告に上がりました」
「それで、エルレウスは手に入れたのか?」
「残念ながら……」
「お前ともあろう者が、らしく無いな」
雇い主の顔は、呆れた様にも仰天している様にも取れる。
「申し訳ありません。40日に邪魔をされまして」
「40日……なんだそれは?」
「私は40日などと言ってはおりません」
「では、何と言った?」
「40日と言ったのです」
雇い主が大きな溜め息をついた。私は何か不愉快になる事を言ってしまったのだろうか。
「もういい。これだから魔法界の人間は」
「あなたの父上が立派過ぎて、魔法界の人間は愚かに見えるのですね」
「奴と会った事は無い」
「父上とお会いしていないと?」
「そうだ。物心がつく前に死んでしまった」
可哀想に、と私は思った。父親を亡くした悲しみは私もよく知っているからだ。
「英雄でしたよ」
「そうらしいな。こっちでは無名に近いが」
「それは仕方ありません、何しろ魔法界は鎖国主義の国家でしたから」
創造者がインドに降臨するまで、魔法界は鎖国を貫いていた。何人か、日本から転移して来た者を知っているが、日本に帰国した者は一人も居なかった。
「そういえば、玖雅聖人の父親も」
「はい。英雄の一人です」
「しかし、知名度は皆無」
「魔法界が公になる前ですから」
雇い主の父親と玖雅聖人の父親は年齢が近いのだ。
「お陰で、互いに普通の高校生でいられる」
「あなたは普通の高校生ではいけない」
「そうだ。だからこそ、玖雅聖人のエルレウスが欲しい」
雇い主は拳を力強く握った。それが、断固たる決意の証拠となるだろう。
「全ては……」
「零界堂家、再建のために」
「さぁ、かつての威厳を取り戻しましょう」
今日は悔しさと目標を胸に、いいお酒を飲めそうと思った。
「お前を雇って良かったと思わせてくれよ」
「勿論です」




