017 禅問答
リリーヤは二人を連れて、何処か知らない場所に飛び去って行った。
「行ったか」
吾輩の耳元で、ラファエルが呟いた。
「らしいであるな」
「若者達の背中を見ていると、いつだって活力が生まれる」
老人の濁った目が、輝きを取り戻した様に見えた。
「さて、本題に入るが」
ラファエルは両手を放して、吾輩をアスファルトの上にゆっくりと置いた。
そして、吾輩は首を上に向けた。身長差からか、遥か上空にラファエルの顔が見える。
「いつからだ?」
と、ラファエルの髭と口が同時に動く。
「いつからとは?」
「とぼけるなよ。来日したのはいつからだと聞いておるのだ」
「吾輩は……」
「答えられぬというのか?」
言葉を選んでいる間は、ひたすら黙った。ラファエルに見当違いな答えを言おうものならば、百倍返しにされるのだ。
「日本に来たのは昨日であるよ」
「来日した理由は?」
「吾輩の個人的な理由を聞いて、何の意味があるというのだ」
「君だから意味があるのだよ」
呑まれそうだ。いくら話をはぐらかそうと、ラファエルの言葉から逃れられない。まるで、大蛇の尾が常に絡みついている感覚だ。
「返答次第では、本国にいる儂の友人が黙ってはおらんぞ」
数人の怒りに燃えた顔が脳内に浮かび上がった。確かに返答次第では、死が待っているだろう。
「旅だ」
と、正直に答えた。
「旅?」
ラファエルが眉間にシワを寄せた。
「旅の合間に寄ったのだ」
「それで、たまたま奴の息子と使い魔契約したというのか」
「そういう事になるの」
「ここまで偶然が重なると、嘘にしか聞こえないぞ」
「全て事実であるよ」
吾輩は本当の事を言っている。なぜなら、ラファエルには嘘をつけないからだ。
「吾輩から言えば」
「何かね」
「貴公ともあろう者が、こんな高校で教鞭を執っている理由を知りたいですな」
「恢飢の監視だよ」
ラファエルは屋上からの景色を眺めながら、そう言った。
「最近は碩大区に限らず、恢飢の攻撃性が増している様に思える」
「気のせいでは?」
「杞人之憂ならば、それでよし。ともかく、用心に越した事はないさ」
ラファエルは手を抜かない。いつだって、全体を見ながら行動しているのだ。
「アッシュ君、話は変わるが」
「はい?」
「神代月波と玖雅聖人に関係性がある様に、儂と君にも関係性があると思うのだが」
「すまんが、何を言いたいかさっぱり解らんでの」
難しい言葉ばかり使うのは、ラファエルの悪い癖だと個人的に思っている。
「つまりだな。もう少し仲良くなってみないか」
「吾輩と貴公が?」
「そうだ」
「これはこれは、どういう風の吹き回しで」
吾輩は笑った。魔法界でこの会話を聞かれると、さぞ大ニュースになるだろうと思ったからだ。




