016 新たなる武器
屋上の扉を蹴破ると、目の前に広がっていたのは、アスファルトの床に敷かれた巨大な魔方陣だった。
「すげぇ……」
幻想的な光景に思わず声を漏らす俺。
「ちょっと、いい加減に放しなさいよ」
「ああ、すまん」
強く握り絞めていたせいか、強引に手を振り払われた。
「何を急いでたの?」
神代が不思議そうに首を傾げて訊ねてきた。
「お前との秘密がバレたんだよ」
「秘密って、私との関係性?」
「そうだ」
「別にいいじゃない。ただのビジネスパートナーだし」
理由は不明だが、ビジネスパートナーという言葉に冷ややかな感情を覚えた俺。
「ビジネスパートナーって、どういう意味だよ」
「私があなたにエクソシストの技術を教え、その過程で倒した恢飢の懸賞金を私が頂戴するって事」
「俺には一文もくれないのか?」
「そうよ、授業料だと思えばいいじゃん」
授業料という事は、タダで教える気は毛頭無いようだ。親父は何故、こんなケチンボを家庭教師によこしたのだろうか。
「ドケチめ」
「あら、そういうあんたも人の事は言えないんじゃない」
「何?」
「親父さんからお金は充分貰っているはずよ。それなのに、風呂無しアパートに住んでいる理由は?」
時に神代は確信を突いたかの様な言葉を使ってくる。
「金を貯めてるんだ」
「何のためによ」
「自力で魔法界に行く費用だ」
神代が突然、プッと吹き出した。
「バカね、親父さんに頼めばいいじゃない。あんたの親父さん給料いくらだと思う?」
「親父の給料には興味も無いし、頼りたくもない。自分の力で魔法界に行って、一から魔法の修行をしたいんだ」
「ふぅーん。聖人って以外と真面目なのね」
「そういうお前は、何のために金を集めているんだ?」
「私は……」
神代は口をつぐんだまま何も言わなかった。あれだけお喋りな神代が、一言も発しないという事はそれなりの事情があるのだろう。俺は気をきかせたつもりで、話題を変えた。
「ところで、俺を屋上に連れて来た理由は?」
「そ、そうだったわね」
俺の問い掛けに、ようやく口を開いてくれた。
「あんたの武器に命を吹き込む準備が出来たの」
「あれは、まだ武器ではないと思うが」
ポケットに締まっておいたアフロのヅラを取り出した。どうやらこのヅラは携帯式らしく、スイッチを押すと、縮んだり伸びたりする仕組みになっている。
「アフロとカードを魔方陣の中央に置いて」
俺は言われた通りにした後、魔方陣から一歩下がった所で待機した。
「簡易呪文。――魂融合」
魔方陣全体が白い筒に包まれて、魔方陣が目に止まらぬ速さで回転した。
「気持ち悪い」
目が回りそうだった。だから、目を瞑った。俺の耳には自然界の音だけが、優しく囁いている。
「ふぅ……完成よ」
その一言を頼りに目を開けると、魔方陣は消え去っていたが、代わりにアフロのヅラがポツンと置かれている。
「失敗したのか? 何も変わってないぞ」
「大丈夫よ。持ち上げて」
俺はアフロのヅラを拾った。見た目は何一つ変わっておらず、モジャモジャのままである。
「破鏡」
「はい?」
「破鏡よ。そう言ってみて」
「破、破鏡……」
すると、アフロのヅラに持ち手が出現したので、その持ち手を握った。
「うわっ!」
その瞬間、アフロに白色の炎が燃え盛った。しかし、この炎は全然熱くない。
「あんた、それ超レアじゃない」
「超レア?」
「この炎はエルレウスっていう名前で、敵と認識した者のみ、燃やし尽くすと言われてるわ」
「そんなに凄いのか?」
「凄いわよ。その状態だと、まだ価値は無いけど、進化すれば相当な高値で売れるかも」
神代は俺に近づいてきて、燃え盛っているアフロに両手を掲げた。
「あったかーい」
神代には暖かく感じる様だ。
「ねぇ、聖人?」
「どうした神代」
「武器の性能を試してみない?」
神代はポケットから恢飢探査機を取り出した。画面を見ると、ドクロマークが点滅している。
「すぐ近くにいるわ」
「そうだな。悪い奴は退治しないと」
「決まりね、リリーヤ」
カードから大きな鳥型の使い魔が召喚され、俺達は使い魔の背中に乗って、大空に羽ばたいた。
「綺麗な景色だ」
ふと、後ろを振り返って学校を見ると、何故かラファエル先生とアッシュが屋上に居た。
「先生、今日は早退します! アッシュの面倒見てて下さい」
俺はそう叫んだ。




