011 ボス猫
アパートの鍵を閉めて、俺達は恢飢がいるであろう場所に向かった。いつの間にやらお互いにさっきのキスは無かった事になっており、普通に目と目を見ながら喋っている。
「恢飢探知機を使って、恢飢の居場所を探し出すのが最近の主流ね」
神代はスカートのポケットからタブレット型端末を取り出した。画面にはドクロマークが点滅している。
「このドクロマークが赤く光ると、半径30mの距離に恢飢がいるわ」
アンテナを立てて少しでも電波を良くしようと躍起になっている神代。
「ブヒイイイイイ……」
アッシュはリュックの中で、豚の鳴き声のようなイビキをかいて寝ており、気になって振り返って見てみると、顔の肉が歪んで変顔になっている。
「この子は黙ってたら可愛いんだけどね」
それはお前だよと言おうと思ったが、心の中に閉まった。神代は見た目は清純かつ真面目そうな女の子なのに、この暴力的な性格で絶対損しているはずだ。
俺達一行はその後、どんどん前進して行くのだが、地元の俺でも知らない入り組んだ道に迷い込んで行った。
「本当にこの道であってるのか?」
早朝5時という事もあり、人通りなど無いに等しかった。その事実が余計に不安になってくる。
「うるさいわね、王覇師団のメカニズムを舐めないでいただきたいわ」
「俺は王覇師団のメカニズムなんて知らないっての」
突如、恢飢探知機から電子音が鳴った。画面を見ると、ドクロマークが赤く点滅している。
「近くにいるわ!」
「マジかよ」
注意深く辺りを見回していると、土地売りますという看板が立っている空き地を発見した。
すると、空き地には1匹の猫がふんぞり返って寝ている。
「もしかして、また猫なのか?」
「らしいわね。反応はあの猫から出てるし」
俺達は忍び足で恐る恐る猫に近づいて行き、ギリギリ手が届きそうな場所まで着いた。猫はシャム猫で、やけに筋肉質だ。
「ん?」
俺は何故かこいつに見覚えがある。と思ったその時、猫が左目を開けた。右目には引き傷がついていて開かないようだ。
「貴様ら、エクソシストか」
重低音のある野太い声で猫が喋った。
「よく解ったわね」
「覚えときなお嬢ちゃん、俺ほどの長寿になると、敵の存在は嗅覚で感じとれるのさ」
敵に囲まれて、ここまで堂々としている姿を見ると逆に恐怖を感じてしまう。
「あ、思い出した」
「どうしたの聖人?」
「こいつシャムゴリラだよ」
「シャムゴリラ?」
「見た目が筋肉質なシャム猫だから、シャムゴリラって呼ばれてるんだ。しかも碩大区のボス猫だよ」
シャムゴリラは黙って頷いた。
「噂だと、俺のひいひいじいちゃんがおしゃぶりをくわえていた頃から居たらしい」
「決まりね。恢飢の平均寿命は500年以上だし」
俺はリュックを降ろして、アッシュとシャムゴリラを対面させて、ひとまず後ろに退避した。シャムゴリラはアッシュを一目見た瞬間に口を開く。
「貴様……臆病風に吹かれて、飼い猫に成り下がったか」
どうやらアッシュとシャムゴリラは以前に面識があったらしい。
「吾輩は安定した食事が欲しかっただけである」
「ふん、人間に用意された物を食うなどと、気でも触れたか?」
「貴公も猫缶を一口食べると意見が変わるさ」
猫と猫が人間の言葉を使って喋る光景は、はっきり言って異様だった。
「どうやら貴様とは相容れぬ様だ」
シャムゴリラが尻尾を立てて臨戦態勢に入ると、アッシュも「フーフー」と威嚇し、もうまもなく使い魔と恢飢の戦いが始まろうとしている。
「一体どんな能力を使ってくるんだ」
「………………」
神代も固唾を飲んで見つめていた。
「行くぞ!」
そう言うと、シャムゴリラが右足を振りかざして、アッシュの身体に飛び込んだ。




