第二章40話『決戦前2/2』
「本当にいいのか?」
「いい。決戦を前に敵を拠点に置いておく方が問題大ありだ。腕の一本でもへし折っておけばあの男も決戦に参加できまい」
時は少し遡り、未開では扱いに困り果てた駐屯兵長が死懍に東風の処遇を尋ねていた。
すると死懍は駐屯兵長に捨ててくるよう指示を出す。
彼の指示に駐屯兵長は始めこそ反論し持論を述べていたが、最終的に納得した彼は部下に彼の言葉そのままにそれを伝える。
同時刻、野良に急遽作らせた収容所替わりのログハウスに東風は囚われ幽閉されていた。
腕には腕輪、首にはチョーカーを付けられていて、彼は以前、野良に見せ付けられた凄惨な光景を思い返していた。
(この建物から出たその瞬間、四肢と首は飛ぶ。原理は分からないが締め付けるかの如く一瞬のうちに収縮し、千切れ飛ぶ福助を自分は見せられた。それよりあの話が本当なら――)
「いつも風月の方見てんね。壁しか見えないってのに何? 助けでも求めてんなら無駄だから諦めな」
「……」
俯く東風。
声を掛けた女性は以前、東風が会話を盗み聞いていた人物だった。
それがきっかけで彼は今こうして監禁拘束されている。
同じく彼女は情報漏洩という失態に一線を外され監視役を任されていた。
当時、彼女が会話していたもう一人は別件で動き、そこで危険な役割を担わされているのだが。
東風は刀は取り上げられてしまっていて、最低限のことしか保証してもらえていなかった。
敵に施されるという屈辱が彼の心を蝕み、また『ひと月』という長期間監禁されているという状況に精神的に折れかけていたその時、監視役の女性に話し掛ける男性の声が微かに聞こえ、次の瞬間扉が開く。
「……来るな――」
「死懍さんに背を晒すとは馬鹿な奴だ。認めろ、点滴で栄養を摂取していなければお前はとうの前に死んでいる。だが今日は朗報だ」
朗報という言葉に複雑そうな表情をする東風。
監視役の女性に話していたことと同じ内容なのだろうが、壁越しではその内容までは聞き取れなかった。
どちらにとっての朗報なのだろうか。
彼にとっての朗報なら大変喜ばしいことに違いないのだが、ならばわざわざ伝える必要はない。
それならむしろ、慌ただしさなどの状況から間接的に彼に伝わりそうなものだ。
そんなことを考えているとログハウス内に充満した色を持たない煙を吸い、彼の意識は一瞬のうちに遠のいていく。
「うっ……」
「副長の試作品だ。ここでの出来事全て、夢裏に置いて行け」
記憶喪失にも似た記憶切り離し技術。
球体に加工した睡眠薬、いや、それよりも効果の薄いものを焚き、発生した煙を吸引させ夢と現実の狭間に彼の意識を置くことで現実味を帯びた夢、或いは瞼の裏側での出来事として意図的に彼の脳を誤処理させる。
――つまりは表に出ることのない情報となるのだ。
懐からハンカチを取り出した二人は口元にそれを押し当てると慣れた手つきで枷とチョーカーを外し、手際よく彼を外へと運び出す。
「捨ててこいって敵地に行くの、一人で大丈夫なわけ?」
「なら一緒に来るか?」
「や、それは御免」
彼は東風を肩に担ぐとすぐに行ってしまう。
そんな彼の背中を静かに眺める監視役の女性は「ってやば、あたしだけまだ指示聞いてないじゃん」と言って死懍、そして駐屯兵長がいるログハウスへと向かっていく。
目的地であるログハウスに到着すると、彼女は上司である駐屯兵長に監視役として情報を得てなかった期間のことを尋ねる。
すると彼は主目的の一つである『宝玉』が推定、夜霧にあるだろうこと。
荒寥にも風月同様、別動隊が攻め入っていること。
そして最後にどこで何をしているのか聞かされていなかった『同未遂者』の現在を彼女は知る。
駐屯兵長は彼女が現在天災科学者、副長の新薬開発のための非検体になっているという事実を話す。
「あたしも非検体になったことあるけど腕は確かみたいだしまあ大丈夫でしょ。それよりあたしの役割無くなったんだけどそっちに合流すればいいわけ?」
「ああ。当日、皆には敵城に奇襲をかけるよう伝えてある。城壁を爆破し矢で城を燃やせ」
彼の指示に女性は疑問符を浮かべる。
それは彼女が夜霧を中心に攻め立てる理由が分からないからだ。
そんな彼女に彼は順序立てて要旨を伝える。
「それは分かったけど兵長たちはどうすんの?」
「俺たちは奪取に全力を注ぐ。夜は敵の十八番じゃない、俺たちの時間だ」
そして決戦当日、死懍は全兵を集め、そして宣言する。
「――この拠点は今日限りで捨てる。お前達、行くぞ」
そして彼は風月担当として配置された全兵を引き連れ風月に進兵する。




