第二章19話『雇われた者』
二人は互いに惨殺宣言すると、彼らは互いに歩み近付いていき高度な肉弾戦を繰り広げる。
素手での激しい殴り合い蹴り合いを繰り広げる二人の実力は拮抗していた。
だがしかし、次第に二人の打ち合いに実力差が現れ始め、死懍は野良の攻撃のことごとくを防御していく。
その上で彼は強力なストレートパンチを決め、さらに放たれた重たい蹴りでかつての部下の左腕をへし折るとその圧倒的な実力差を見せつけていく。
――ゴキッ。
聞くに堪えない痛々しく生々しい音が鳴り、声にならない叫び声を上げる野良。
彼は崩れるように地面に膝を付けると右腕で折れた左腕を押さえる。
しかしそんな彼に死懍)は絶望を感じさせる、ゆっくりとした重たい足取りで再び野良の元へと歩き近付いていく。
(この距離なら――。早くしないと手遅れになっちゃう)
一方、矢を放つにあたって一定の距離を確保した露零は振り返り弓を構えると瞬時に死懍を捕捉する。
目視にて捉えたその彼は現在、腕をへし折り膝をつく野良を前蹴りで蹴り倒し、仰向けに倒れた彼の心臓付近を無情にも踏みつけていた。
踏みつけているときの彼はなぜか項垂れていた。
いや、単に足元の野良を見ているのだろうか。
(私が離れてる間に何があったの?)
淡々と罵詈雑言を浴びせる彼の声は露零には全く聞こえていない。
しかし少女は現状を見るやすぐさま矢を放つ。
少女の放った矢は徐々に足に体重をかけていく死懍を捉え、一糸乱れず飛んでくる矢に彼が気付いた時にはもう遅く、矢が貫通した彼の部位『右腕』は瞬く間に凝固する。
(――これは…体感で分かる。力を加えれば腕ごと砕ける、か)
露零固有のマナ『氷結』は矢が貫通した個所から内部凝固が始まる。
故に表面だけが凍っているのとは訳が違い、凍った箇所に衝撃を加えようものならその部位もろとも砕け散る。
そのことに一早く気付いた死懍は二の矢、三の矢、そして周囲に倒れる野良達の不意打ちを危惧し急ぎ彼らから距離を取る。
当の本人達は露零のことを逃げたと思っているが、身を挺してまで時間を稼いでくれたと思っている少女は残る二人にも目を向ける。
すると最初に伸されていた二人が目を覚まし、攻撃された箇所を押さえながらおもむろに立ち上がる。
彼らは絶叫の末、気を失った同族を横目に見ると勝機がないことを瞬時に悟り、早くも逃げ出す方向に思考を切り替えていた。
「昔のよしみだ、一瞬のうちに終わらせてやる」
弱点と化した右腕の回復を待たずして、再び二人に迫っていく死懍に二人は並々ならぬ恐怖を抱き、互いは互いを抱きしめる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! すみませんでした――――!!」
次の瞬間、掌返しに謝罪した野良二人は二人三脚のように抱き合ったまま二個一セットで逃げ出していた。
一瞬のうちに遠く小さくなっていく二人は一切振り返ることなく露零をも軽く抜き去っていき、戦場に一人取り残された満身創痍のリーダー格の野良は意識が戻らず無防備な状態のまま、成す術もなくかつての上司になぶられていた。
「前々から馬鹿だと思っていたが劣勢に転じた途端に戦線離脱するとはあの二人には心底幻滅した」
意識のない野良を前に、明らかな人選ミスだと現実を突きつける死懍は「良くも悪くもお前の引き抜きは役に立った」と、最後に哀れみの言葉を吐き捨てると露零の放つ矢に懐から取り出した小石を投げ当て相殺し、頭蓋骨を踏み砕こうと足を上げる。
「だめ!」
二度目の身近な人物が殺されかけているという状況に、少女は無意識のうちに叫んでいた。
感情が沸点を超え、込み上げる思いがまるで発熱時のように少女の思考を妨げ、少女が構える弓の位置は徐々に低くなっていく。
しかしそんな少女の視線の先では今にも頭蓋骨が踏みつぶされようかというこの状況。
数日前の二の舞とも思える状況に、みるみるうちに表情が曇っていく露零は思わず目前の光景から目を背ける。
「死ぬに死ねずに苦しいだろう? 今楽にしてやる」
そう言って上げた足を踏み下ろすその瞬間、露零は(もう繰り返さない!)と何とか気持ちを持ち直すと再び弓を構えて矢を放つ。
しかし単調な軌道の少女の矢がそう何度も動く的に当たるはずはなく、全ての矢を飛び退き回避した死懍は触れただけで致命になり得る少女の矢に煩わしさを感じていた。
(向こうを先に無力化するべきか。仮に今、殺し損ねても弾かれ戻ってきたところを始末すればそれで済む)
死懍はそう考えを改めると攻撃の矛先を野良から露零へと切り替える。
イレギュラーな存在である露零は彼ら滅者にとって生け捕り対象だ。
とてつもない速度で迫ってくる死懍に少女がは稼いだ最適距離を一瞬で潰され、露零は続けて矢を放つも当たることはおろか、掠りさえしなかった。
――ゾクッ。
とても同族とは思えない惨い所業を目の当たりにし、その行為を行った人物が凄い速さで迫ってくるという恐怖で全身が硬直してしまう少女露。
石のように重くなった身体で一歩、二歩と後ずさりする少女のもとに到達した死懍は少女が持つ弓を蹴り飛ばすと戦意喪失した露零の背後に一瞬のうちに回り込む。
(心紬お姉ちゃん、助け――)
心の中でそう叫ぶ露零は疑似的にだが貫かれ死亡した状況と現状と重ね死を悟る。
しかし少女が感じ取った殺意は実際に向けられた感情とは少し違っていた。
ゆっくりと伸ばされた手が少女に近付くその瞬間、少女の背筋に悪寒が走る。
あまりの恐怖に瞼を閉じる少女はしばらくすると何かに触れられた感覚に、恐る恐る目を開く。
すると目の前には風を纏った一人の人物が腕をへし折られた野良、そして自身を両腕に抱え、死懍を遥か後方へ置き去りにして麓まで下りていた。
「お兄さん…だれ?」
「聞いてないのか? 俺はこの犬っころに雇われた天才すり師、『都の鎌鼬』様だ」




