第二章8話『誤情報』
風月が座禅を修行方法として推奨する理由は主に二つ存在する。
一つは夜霧を訪れる前に座禅を組むことを義務化することで煩悩の取り払いを行い、不届き者の門前払い、ひいては國の規律を遵守させることが狙いだ。
もう一つは水鏡の滝武者同様、入城を目的としない修行をそれ単体で行うことだ。
この場合は集中力向上、心身調和、感覚機能の向上、体幹強化といった複数の効果が期待できる。
風月の住民はこれを日常的に行う上に、他國の修行場所にも積極的に赴くため「強さ」のみに限らず『知的レベル』も自ずと上がっていくこの好循環を地上の三國の中で一早く確立し、実行に移している。
結果的にそれが最強を排出することに繋がり、風月が新風を巻き起こす國と呼ばれる所以にもなった。
そんな由緒ある座禅で一時間みっちりしごかれた四人は疲れ果てた様子でその場からしばらく動けずにいた。
今回が初めてじゃないだろう風月組も心身共に疲労困憊なのだから初めて座禅を組む水鏡組二人が疲れないわけがない。
三人が続々と足を崩しその場に倒れていく中、東風だけは一人体勢を崩すことなく座り続けていたが、そんな同僚のすました態度に納得がいかない南風はからかい半分で彼に軽くちょっかいを出す。
「東風殿も一緒に休むでござるよ」
「なっ、やめ――」
皆疲れ果て倒れ返っている中、突如断末魔のような叫び声が寺中に響き渡る。
彼の叫び声は寺のみならず、城下町にまで聞こえると通行人の何人かは足を止めて寺の方に冷めた視線を向け始める。
しかしこれくらい日常茶飯事なのか、一度は足を止めた通行人も数秒後には何事もなかったかのようにまたスタスタと歩き始める。
「うっ、大声出さないでください。耳に響きます」
「疲れすぎてもうだめ~。一歩も動けないよ」
初の座禅に対する率直な不満を漏らす水鏡組の横で両足を抑えながら床を転げ回る東風は「足が痺れた、もうだめだ!」とタンスの角に小指をぶつけたかのような痛がり方をしていた。
そんな彼ののたうち回る姿を見て南風は滅多に見れない貴重な場面だと大爆笑し、お坊さんは何事もなかったかのように奥の部屋に戻っていったりと場はもう滅茶苦茶だった。
その後、念願の再会を果たした水鏡組は休憩がてらに互いに見知らぬ人物を連れていることやその後何があったのかなど互いに情報を共有し、整理する。
「ねぇ、心紬お姉ちゃんと一緒にいる人って誰なの?」
「彼は碧爛然様の従者だそうです。露零が連れている人と同じだと思いますよ」
「南風さんと? それとね、私先に気絶しちゃったんだけどあの後どうなったの?」
すると心紬は「私もあの後気を失ったので何があったかよく知らないんですよね…」と言葉を返し、彼女も不思議がっていた。
しかし露零は直前の会話で「増援が来れば手を引く」と滅者が言っていたことを思い出すと、途端に腑に落ちた表情を浮かべる。
「二人でなに話してるでござるか? 拙者も聞きたいでござる」
そんな二人の会話に殊音は興味津々な様子で混ざろうとしてくる。
特段秘密の会話をしているというわけでもないが、心紬は彼女のことをよく知らなければ会話に混ざろうとしてくるその厚かましさ抵抗感すら抱いていた。
だから最初は殊音の遠慮のない距離の詰め方に困惑していたが、そこは心紬よりも少しだけ付き合いの長い露零の機転を利かせた立ち回りでなんとか殊音は会話に混ざることに成功し、軽い女子会を経て三人は次第に打ち解け合っていく。
「この人は南風さんだよ。敵に襲われてた私を助けてくれたんだ~」
「名乗るのは初めてでござるな。拙者は南風殊音でござる」
「お初ですね、私は神結心紬です」
「私たち外でも戦ってたの。だから一緒にいる人が誰なのか気になっちゃって」
「東風殿でござるな。あれは拙者の同期だから気にしなくていいでござるよ」
殊音はそう言って気力と体力が消沈し、うつ伏せに倒れている東風に目を向けると彼が弱っているのをいいことに「これでいつでも夜霧に入城できるでござるよ。もう行くでござるか?」と本人に聞こえるように二人に尋ねる。
「お、置いて行くなんて薄情な…。まだ足が痺れてる……」
うつ伏せのまま手を伸ばす東風は力なくそのまま床に手を落とす。
すると彼はそのまま気を失ってしまい、残る三人は侍らしからぬ彼の有様に思わず心配の言葉を零す。
そうして無事、とは言えないが座禅を組み終えた四人はそのまま寺で十分な休憩をとると着替えて寺を後にし、本来の目的地である夜霧の城を目指して移動を開始する。
「南風、さっきの瓦版、貴女はどう思う?」
十分に取った休息の効果が最も顕著に表れていたのは言わずもがな東風だった。
その証拠に座禅直後は散々な目に遭った彼だが寺を出るや、いきなり同僚に話を振った。
しかし露零、そして殊音は主に外回りを任命されていたため彼の言う瓦版なるものに目を通す時間的余裕などなかった。
瓦版という単語に聞き馴染みのない露零が疑問符を浮かべている間に南風は彼の問いに答え始める。
「瓦版でござるか? 拙者達は敵襲に遭ってこっちに戻ってきたのはついさっきなんでござるよ」
「そうなんですか? 東風さん、もしかしてさっきの瓦版って二人のことなのでは?」
全く会話に付いていけず、ポカンとしている二人に東風は懐から瓦版を取り出すとそれを二人に手渡し一読させる。
二人が瓦版を広げるとそこには≪風月管轄地域が攻め落とされ死者二名、その代償に捕らえた捕虜三名≫との記載がなされ、崖から転落死する二人の挿絵が小さく添えられていた。
瓦版を見た二人は訳がわからない様子だったが、そんな二人に東風は「これがつい先程國内に出回った速報」と伝える。
「これって私たちだよ! 私が矢で凍らせたの三人だったもん」
「拙者たち死んだことになってるでござるか?!」
つい先ほどの出来事が事実とは異なる誤報としてすでに出回り、死んだと報道されていることに思考が追い付かない二人は互いに顔を見合わせることで己の生を実感する。
しかし表向きには死んだことになっている以上、この誤報には何らかの意図があると考え至った人物がいた。
その心紬は「ここにいて目立つより早く城に行って発信者さんに話を聞いた方がいいんじゃないですか?」と行動を共にする三人に私見を述べる。
「そうでござるな。拙者達が二人揃って呼ばれたことも何か関係あるかもしれないでござるし」
こうして次なる目的が定まった中、露零は空気が読めず「ねぇ、欲しいのがあるんだけど心紬お姉ちゃん、あとで一緒に来てくれない?」と全く別の話題を振る。
場違い感極まりない少女の突拍子もない言葉に三人は心底驚き、呆れていたが伽耶に言われたことを思い出すと心紬は少女のわがままに付き合うことを了承する。
「えっ、このタイミングでですか? まぁ、伽耶様からお金を多めに貰っていますしいいですけど」
「やったぁ!」




