表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御爛然  作者: 愛植落柿
第二章『風月』
63/276

第二章8話『誤情報』

 風月くに座禅ざぜんを修行方法として推奨する理由は主に二つ存在する。

 一つは夜霧しろを訪れる前に座禅ざぜんを組むことを義務化することで()()()()()()()を行い、不届き者の門前払い、ひいては國の規律を遵守させることが狙いだ。


 もう一つは水鏡すいきょう滝武者たきむしゃ同様、入城を目的としない()()をそれ単体で行うことだ。

 この場合は集中力向上、心身調和、感覚機能の向上、体幹強化といった複数の効果が期待できる。

 風月ふうげつの住民はこれを日常的に行う上に、他國よその修行場所にも積極的に赴くため「強さ」のみに限らず『知的レベル』も自ずと上がっていくこの好循環を地上の三國の中で一早く確立し、実行に移している。

 結果的にそれが()()を排出することに繋がり、風月ふうげつ()()()()()()()()()と呼ばれる所以にもなった。


 そんな由緒ある座禅しゅぎょうで一時間みっちりしごかれた四人は疲れ果てた様子でその場からしばらく動けずにいた。

 今回が初めてじゃないだろう風月ふうげつ組も心身共に疲労困憊なのだから初めて座禅ざぜんを組む水鏡すいきょう組二人が疲れないわけがない。

 三人が続々と足を崩しその場に倒れていく中、東風こちだけは一人体勢を崩すことなく座り続けていたが、そんな同僚のすました態度に納得がいかない南風はえはからかい半分で彼に軽くちょっかいを出す。


東風こち殿も一緒に休むでござるよ」


「なっ、やめ――」


 皆疲れ果て倒れ返っている中、突如断末魔のような叫び声が寺中に響き渡る。

 彼の叫び声は寺のみならず、城下町にまで聞こえると通行人の何人かは足を止めて寺の方に冷めた視線を向け始める。

 しかしこれくらい日常茶飯事なのか、一度は足を止めた通行人も数秒後には何事もなかったかのようにまたスタスタと歩き始める。


「うっ、大声出さないでください。耳に響きます」


「疲れすぎてもうだめ~。一歩も動けないよ」


 初の座禅ざぜんに対する率直な不満かんそうを漏らす水鏡組の横で両足を抑えながら床を転げ回る東風こちは「足が痺れた、もうだめだ!」とタンスの角に小指をぶつけたかのような痛がり方をしていた。

 そんな彼ののたうち回る姿を見て南風はえは滅多に見れない貴重な場面だと大爆笑し、お坊さんは何事もなかったかのように奥の部屋に戻っていったりと場はもう滅茶苦茶だった。


 その後、念願の再会を果たした水鏡すいきょう組は休憩がてらに互いに見知らぬ人物を連れていることや()()()何があったのかなど互いに情報を共有し、整理する。


「ねぇ、心紬みつお姉ちゃんと一緒にいる人って誰なの?」


「彼は碧爛然へきらんぜん様の従者だそうです。露零ろあが連れている人と()()だと思いますよ」


南風はえさんと? それとね、私先に気絶しちゃったんだけどあの後どうなったの?」


 すると心紬みつは「私もあの後気を失ったので何があったかよく知らないんですよね…」と言葉を返し、彼女も不思議がっていた。

 しかし露零ろあは直前の会話で「増援が来れば手を引く」と滅者めつしゃが言っていたことを思い出すと、途端に腑に落ちた表情を浮かべる。


「二人でなに話してるでござるか? 拙者も聞きたいでござる」


 そんな二人の会話に殊音ことねは興味津々な様子で混ざろうとしてくる。

 特段秘密の会話をしているというわけでもないが、心紬みつは彼女のことをよく知らなければ会話に混ざろうとしてくるその厚かましさ抵抗感すら抱いていた。

 だから最初は殊音ことねの遠慮のない距離の詰め方に困惑していたが、そこは心紬みつよりも少しだけ付き合いの長い露零ろあの機転を利かせた立ち回りでなんとか殊音ことねは会話に混ざることに成功し、軽い女子会を経て三人は次第に打ち解け合っていく。


「この人は南風はえさんだよ。敵に襲われてた私を助けてくれたんだ~」


「名乗るのは初めてでござるな。拙者は南風殊音はえことねでござる」


「お初ですね、私は神結心紬かみゆいみつです」


「私たち外でも戦ってたの。だから一緒にいる人が誰なのか気になっちゃって」


東風こち殿でござるな。あれは拙者の同期だから気にしなくていいでござるよ」


 殊音ことねはそう言って気力と体力が消沈し、うつ伏せに倒れている東風こちに目を向けると彼が弱っているのをいいことに「これでいつでも夜霧よぎりに入城できるでござるよ。もう行くでござるか?」と本人に聞こえるように二人に尋ねる。


「お、置いて行くなんて薄情な…。まだ足が痺れてる……」


 うつ伏せのまま手を伸ばす東風こちは力なくそのまま床に手を落とす。

 すると彼はそのまま気を失ってしまい、残る三人は()らしからぬ彼の有様に思わず心配の言葉を零す。

 そうして無事、とは言えないが座禅ざぜんを組み終えた四人はそのまま寺で十分な休憩をとると着替えて寺を後にし、本来の目的地である夜霧よぎりの城を目指して移動を開始する。


南風はえ、さっきの瓦版、貴女はどう思う?」


 十分に取った休息の効果が最も顕著に表れていたのは言わずもがな東風こちだった。

 その証拠に座禅ざぜん直後は散々な目に遭った彼だが寺を出るや、いきなり同僚に話を振った。

 しかし露零ろあ、そして殊音ことねは主に外回りを任命されていたため彼の言う瓦版なるものに目を通す時間的余裕などなかった。 

 ()()という単語に聞き馴染みのない露零ろあが疑問符を浮かべている間に南風はえは彼の問いに答え始める。


「瓦版でござるか? 拙者達は敵襲に遭ってこっちに戻ってきたのはついさっきなんでござるよ」


「そうなんですか? 東風こちさん、もしかしてさっきの瓦版って二人のことなのでは?」


 全く会話に付いていけず、ポカンとしている二人に東風こちは懐から瓦版を取り出すとそれを二人に手渡し一読させる。

 二人が瓦版を広げるとそこには≪風月ふうげつ管轄地域が攻め落とされ死者二名、その代償に捕らえた捕虜三名≫との記載がなされ、崖から転落死する二人の挿絵が小さく添えられていた。

 瓦版を見た二人は訳がわからない様子だったが、そんな二人に東風こちは「これがつい先程國内に出回った速報」と伝える。


「これって私たちだよ! 私が矢で凍らせたの三人だったもん」


「拙者たち死んだことになってるでござるか?!」


 つい先ほどの出来事が事実とは異なる誤報としてすでに出回り、死んだと報道されていることに思考が追い付かない二人は互いに顔を見合わせることで己の生を実感する。

 しかし表向きには死んだことになっている以上、この誤報には何らかの意図があると考え至った人物がいた。

 その心紬じんぶつは「ここにいて目立つより早く城に行って発信者ミストラさんに話を聞いた方がいいんじゃないですか?」と行動を共にする三人に私見を述べる。


「そうでござるな。拙者達が二人揃って呼ばれたことも何か関係あるかもしれないでござるし」


 こうして次なる目的が定まった中、露零ろあは空気が読めず「ねぇ、欲しいのがあるんだけど心紬みつお姉ちゃん、あとで一緒に来てくれない?」と全く別の話題を振る。

 場違い感極まりない少女の突拍子もない言葉に三人は心底驚き、呆れていたが伽耶かやに言われたことを思い出すと心紬みつは少女のわがままに付き合うことを了承する。


「えっ、このタイミングでですか? まぁ、伽耶かや様からお金を多めに貰っていますしいいですけど」


「やったぁ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ