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御爛然  作者: 愛植落柿
第二章『風月』
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第二章7話『座禅』

 そんなことを考えながら歩いているとすれ違う通行人たちは二人のことを()()()()()()()()とでも思ったのか、視界が少しでも開けるように気を利かせ、皆すれ違いざまに速足になる。

 しかしそんな風に思われていると知らなければ考えすら浮かばない露零ろあは「みんな速足だね、なんでだろ?」と殊音ことねに尋ねる。


「さぁ、拙者に聞かれても困るでござるよ」


 頭の回転や理解能力は高けれど、殊音ことねは決して頭が良い部類ではない。

 それは露零ろあ()()()()と欠点が酷似しており、個々が作り出した二つの凹みは共通の苦手分野により同じ穴と成り、二人の距離感を縮める上で極めて重要な要素となった。

 そうして互いに親近感が湧き始めると苦手したぶれを補ってくれる人物が不足している中、二人は目前にお寺のような建物を見る。


「あっ…あそこでござる……」


 殊音ことねはこれから座禅ざぜんを行うお寺を見るや声を震わせながらそう言うと、露零ろあの小さな背中に身を屈めて隠れる。

 そんな殊音ことねの何とも情けない姿に思わず露零ろあは(わわっ、隠れたいのは私の方なのに…)と、ぱっと見年上に見える彼女のダメさ加減に呆れていた。

 いつもは最年少の露零じしんがダメダメなだけに自分よりもダメな人物が現われ、行動を共にしたことで客観的に物事を見ることができるようになった露零ろあは恐る恐るではあるがゆっくりと歩いていき、お寺の中へと入っていく。


「お、お邪魔しま~す……」


 「知らぬ者」は身投げ覚悟で意を決し、『知る者』は避けては通れない道だと腹を括っていざお寺に入ると中は静まり返っていて、座禅ざぜんを受けている最中と思われる先客の男女二人組がお坊さんの前で正座していた。

 しかし一足早く座禅ざぜんを組んでいる先客達は二人が入ってきた気配に心を乱したようでその直後、お坊さんに容赦なく滅多打ちにされる姿が二人の「恐怖心」と『トラウマ』を大きく煽る。


「いっ!」


「ぐっ!」


 一度乱された先客の男女二人組はその後も平常心を取り戻すことができず、絶え間なく滅多打ちにされていたが「ちょっと待ってください! これじゃあ集中できませんってば!!」と鞭打たれ続ける中、やっとの思いで声を発した女性がお坊さんに必死に訴える。


「あのお坊さんが持っている棒は警策きょうさくと言って拙者達のことをぽかすか叩いて来るんでござるよ。先客がいるみたいでござるな――ってあの後ろ姿は……」


南風はえさんの知ってる人? あれ、あの後ろ姿って……」


 先客のお邪魔にならないよう配慮して必要最低限の声量で会話する露零ろあ殊音ことね

 その二人は共に先客の後ろ姿に見覚えがある様子だったが、座禅服ざぜんふくを着用している二人の後ろ姿だけでは見覚えがある程度止まりでどうしても確信が持てずにいた。

 しかしお坊さんの滅多打ちによる激痛に耐えかねた女性が突如立ち上がって逃げ出そうとしたことで決定的となり、露零ろあの表情は積乱雲から快晴へと様変わりする。


心紬みつお姉ちゃん?!」


「えっ、もしかして露零ろあ?! いやいや、叩かれ過ぎていつの間に気絶していたってパターンなのでは……」


 目の前にいる人物は紛れもなく水鏡すいきょうで終始面倒を見てくれた同伴者にして頼れる先輩従者の心紬みつだった。

 予想だにしない場所での唐突の再会に困惑と安堵の入り混じった表情を浮かべていると、心紬みつ露零ろあと同じような反応をしていた。

 そんな心紬かのじょを咎めようと考えたのか、彼女に同伴していた男性も立ち上がり近付いてくると今度は殊音ことねが反応を示す。


「もしかして東風こち殿でござるか??! 拙者達が一箇所にいるのは色々と不味いでござるよ」


「なぜ南風はえがここに? 案内役は自分が引き受けることになっていたはず」


 不本意にも出会ってしまった二人は気まずそうにしているとその時、一本の矢文やぶみが空気を裂いてお寺に届く。

 その矢文やぶみは不用意に突っ立っていた露零ろあの髪を少し掠めるとそのまま少女の背後の木柱に勢いよく突き刺さる。

 少しでも位置がずれていれば大惨事になっていただけに、待ちわびた再会に感情が浮足立っていた露零ろあは(びっくりした。全然気付けなかった…それに私よりも上手)と「油断」と同時に己の『未熟さ』を痛感し、しかし同時に(あれ、矢に何かついてる)と矢と共に飛んできた紙に気付くと抜いたついでに手に取り中身を読み始める。


東風こち南風はえはそのまま二人を連れて一度()()に戻って来るように≫


「ねぇねぇ、南風はえさんも一緒にって書いてるよ?」


 まるで子供の口喧嘩のようにいがみ合っている二人に声を掛けると「ほんとでござるか? 拙者も見るでござる」、「自分のことも書かれているはず、失礼」と両者は言い、二人は露零ろあの両端に回ると左右から手紙を覗き見る。


 その一方で心紬みつは「もしかしてまた一からですか……?」と座禅ざぜんの想像以上の過酷さに早くも音を上げていた。

 露零ろあも先客二人に対するお坊さんの尋常ならざるその仕打ちにドン引いていたが、御爛然ごらんぜん最強が治めていた國だということを考えればこれくらいは妥当なのかもしれない。


 その警策きょうさくを一心不乱に振り回していたお坊さんはというと、なぜか今は座布団の上に座っていて今度は微動だにしなかった。

 さっきまでとはまるで違う「静」と『動』、あまりの変わりように水鏡すいきょう組は驚きを通り越し、恐怖すら覚えていた。


 しかし流れ的にもう一度、座禅ざぜんを組まなければならないことに四人はお坊さんに目を向けるとあからさまに嫌な顔をして互いに顔を見合わせる。

 それから露零ろあ殊音ことね座禅ざぜんを組むため別室で座禅服ざぜんふくにできる限り時間をかけてゆっくりと着替え、再び戻ってくると残っていた二人は座禅ざぜんを一時中断し、二人が戻ってくるのを複雑な心持ちで今か今かと待っていた。


「拙者達が座ったらもう後には引けないでござるよ…?」


「ひっ!」


「覚悟を決めるしか…。二人とも軽石かるいしの準備は?」


「もう置いたでござるよ」


「また最初からですか……」


 四人は顔を見合わせた後、阿吽の呼吸で頷くと改めて覚悟を決めまた一から座禅ざぜんを組み始める。

 傍から見ればシュールな光景この上ないが、四人は至って真面目に全身全霊を以てこの座禅に臨んでいた。

 それでも数分後にはお坊さんの持つ警策きょうさくが四人の背後に迫ると早くも()()という名の猛威をこれでもかと振るった。


 最初に警策きょうさくの餌食になったのは殊音ことねだった。

 心紬みつ東風こちは一足早く座禅ざぜんを組んでいたからか、大方煩悩が取り払われた後半戦はほとんど警策きょうさくが二人に振り下ろされることはなかった。


「痛いでござる」


「きゃっ」


 叩く人物によってお坊さんはその都度力加減を調整しているように思えたが、夜霧しろに入る前の「清めの儀式」、そして『修行の一環』であることを考えれば多少手荒なこの仕打ちも妥当なのかもしれない。


 ――――四人の身が最後まで持つかどうかは全くの別問題だが。

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