第一章53話『目先の障壁』
時は露零達が水鏡を発つ一日前に遡る。
目的地である風月の城内ではある男女が砦、ミストラと会話していた。
「――――ふむ、そのようなことが。人員入れ替えに伴って修行巡りさせたことが返って徒となったわけですか……」
そう言ってミストラは自身の誤判断を深く反省していた。
彼と話している男女二人組は数日前から水鏡國内にある滝武者に訪れていた人物だ。
彼ら彼女らは水鏡で起こった事態を報告するべく一早く故郷に帰還すると、真っ先に砦の元を尋ねる。
「面目ないでござる。その…拙者達は予定より早く戻ってきてよかったでござるか?」
最初に言葉を発したのは女性の方だ。
彼女は成す術もなくコテンパンにやられ、あまつさえ独断で帰國したことを真っ先に詫びる。
するとミストラは識変世界での風当たりの強い言動とはまるで違い、吹き上げる風の如く自己肯定感を向上させるような、柔らかな物言いで彼女の判断を肯定する。
「いい判断だね。力量不足はこれから風月で起こる大規模戦争で基準値を満たすように。次に攻め込まれるなら後任不在で統制の取れていないこの國だろうから國の巡回も怠らないようにね」
現状、國長の不在で國を「回す立場」と『権力』を不本意ながら引き継いだ砦、ミストラによる後進育成は順調に進んでいた。
本来であれば一定の水準を満たさない者を従者に据えることなどありえないことだが、繰り上がりで仰の地位を継いだ碧爛然により、人員総入れ替えの話が持ち上がっていたのだ。
しかしミストラがそれに強く反発したことで二者の間に大きな亀裂が入り、やがて二人は対立してしまう。
その後、勝者の意見を全採用という条件の下行われた一対一の戦闘は激闘の末ミストラの勝利に終わり、敗北を喫した碧爛然はそれ以降行方をくらませていた。
それが魔獣討伐から今日までの数日間の間に風月で起こった主な出来事だった。
採用されたミストラの意見は自身と鳴揺の残留、そして新しく二人を迎え入れるというもので、現在は彼が一目置いた二人を責任をもって育成している真っ最中だ。
「ミストラ殿、恩人である来客二人の案内はぜひ自分に任せて欲しい」
「なるほど。それじゃあ「〇〇」は中心部、『〇〇』には周辺部の巡回を任せるよ」
「わかったでござる」
「御意」
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そして時は戻り、野良による一度目の襲撃を見事退けた二人は現在、水鏡から風月までの距離をおよそ八割ほど歩き進んでいた。
二人が今いる地点は出口に近いのか木々の隙間からうっすらと木漏れ日が差し込んでいて、あとは一直線に歩いていけば目的地である風月に辿り着くだろうことを二人に予感させた。
これまで計四度の敵襲に遭った水鏡組。
その都度襲撃者を切り伏せるのではなく時に木を切り倒して追手を妨害し、時に木の上を飛び移り移動することで追手を振り切り、地形を利用した立体的な攻撃で相手の意表をついたりと二人は知略を巡らせ正面衝突による体力の消耗を極力抑えていた。
「はぁ…はぁ……露零を渡せば必ず滅者として染められてしまいます。何とかあなただけでも風月に――」
「…………」
この時、心紬がその名を呼んだ脇に抱えた後輩従者は三度目の襲撃で相対した際に頭部を木製の鈍器で殴られ意識を失っていた。
そんな後輩従者を守りながらの戦闘は流石に分が悪く、四度目の襲撃でついに心紬も野良から一太刀浴びてしまう。
それでも何とかその場を切り抜けることに成功した心紬は小瓶に詰めていた薬液を自身の傷口に流しかけると懐から白いスカーフを取り出し、傷口に緩く結び始める。
「――っ、このくらいなんてことは……」
受けた一太刀は致命傷ではなく、応急処置を施したとはいえ露零を背負うと流石に傷口に響く。
そんな二人のもとへ不穏な足音を鳴らしながら次なる刺客がゆっくりと歩き近付いて来る。
「勘がいいのか偶然なのか、結果的に君たちは悪くない選択をしている。口うるさい兄さんがいないのは僕にとってもありがたいんだよ。ねぇ、『功罪相半ばで分かたれた僕たち、本能レベルで業が目的な現状を君たちはどう捉えるのかな』」
「……っ!! あなたは――」
風月がもう目と鼻の先にあるというこの状況。
しかしここにきて「野良」よりさらに格上の存在『滅者』が無情にも二人の前に立ち塞がる。
これまで奇襲を仕掛けてきた野良が二人一組だったことを考えると、格上とはいえ襲撃者が彼一人なのはある意味好都合かもしれない。
しかし彼とは水鏡國内で自身が万全の状態で一戦交えており、その際に心紬は得体の知れない不気味な感覚を覚えていた。
滅者の少年の風貌は黒と緑が基調のスイカを彷彿とさせる短髪に黒の斑点が見える赤色の瞳。
服装は黒を基調とした、和とは大きくかけ離れた軽装。
手には二本のサバイバルナイフを握っていて、どこか魔性な表情で魅了し、引き込むように二人のことを見つめていた。
「生憎ですが今はあなたが望む言葉を持ち合わせていません! それでも邪魔立てするのなら今ここで一刀両断切り伏せます!!」
「ふ~ん、そっか。でもそれは僕が手を引く理由にはならないよねぇ」
渾身の脅し文句だったがその程度で身を引く手合いではないことは心紬自身も理解していた。
それを裏付けるように次の瞬間、彼は愛用のサバイバルナイフを構え速攻を仕掛ける。
前回戦った時とは明らかに違ったキレのある動きから放たれる小回りの利いた連撃に心紬は(やはり間合いに入られると何もできない)と感じ、彼女は早くも逃げに思考を切り替える。
そんな時、背負っていた露零が運よく目を覚まし、彼女はすかさず「起きましたか、今すぐ矢を準備してください」と意識を取り戻して早々悪いとは感じつつも状況が状況なだけに急ぎ少女に指示を出す。
「えっ、どういうこ――」
「早くしてください!」
「う、うん」
今は一刻を争う状況なため、露零の言葉を遮る心紬。
しかし彼女の叫びは相対者である滅者にも丸聞こえであり、彼は心紬の発言から次に敵が何をしようとしているのか推察する。




