表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御爛然  作者: 愛植落柿
第一章『水鏡』
52/276

第一章51話『濁流』

 露零ろあ伽耶かやのポンコツ具合を嫌というほど知っている。

 元は()()だったからだろうか。

 仮にそうでなくとも対魔獣戦で伽耶あねのポンコツ具合はかつてないほど前面に出ていた。


 ある者は巣立つ寂しさを紛らわせるため、またある者は一寸先の闇から目を背けるように、束の間の他愛ない会話で気持ちに整理を付けていた。

 各々がそんな思いを胸に秘め、出発間際まで楽しく談笑していると突如として城下町側の城門がド派手に爆撃破壊され、正面せいきの入り口から大勢の民衆が続々と敷地内へと押し寄せる。

 突然の出来事に出発組が困惑していると事情を知っている残留組が民衆の前に立ち塞がり、従者の新たな門出を逞しい背中で最大限祝福する。


「はぁ、また来よった…。ウチらで話聞くからあんたらは先行き」


「でもお姉ちゃ――」


「……わかりました。露零ろあ伽耶かや様なら大丈夫なので私たちは先を急ぎましょう」


 なぜ國民が押し寄せてくるのか? 暴漢や反逆者にしては城門以外、何を破壊するわけでもなければ物騒ななりをしているわけでもない。

 伽耶かやが言うように、彼らは()()を求めているのだろう。

 姉の心配をする露零ろあはこのまま出発することを躊躇していたがそんな少女の手を心紬みつは引き、二人は城門をくぐり抜けるとそのまま一目散に駆けていく。


「逃げたぞ、追え!」


「ちょい待ち、ウチがあんたらに危害加えへんからって何してもいいわけとちゃうで。あの水鏡ここを出るんや。殺す必要はないしそれは()()()()にするだけや。せやろ?」


「そもそも何で()を匿ってるんだよ! それも一番治安の良いこの國に!!」


()()()()から聞いたよ、伽耶かやはその子を従者に据えたって。随分特別視してるんだね」


 第一声を上げたのは水鏡すいきょうの國民である一人の中年男性だった。

 彼は鼻息荒く声を上げ、開口一番鋭利な罵声の雨を浴びせた。

 國民がどこから情報を得たのか、この時の伽耶かやはすでに理解していた。

 そして彼に続くはこの騒動を引き起こした張本人である行商服を着用した青年商人だ。

 彼は()()()()なる人物から得た情報を切り口に今回、民衆を扇動して藍凪あいなぎに押し入ってきていた。


 ――――情報の回りが二人の予想を遥かに超えていた。

 それもシエナが水鏡くに中に情報を回すよりずっと早く、他國よそ者が情報源になっていることがより國民たちに不信感を抱かせてしまっていた。

 伽耶かやたちは以前も何度か懐疑的な目を向ける彼らを説得していたが今日、ついに彼らの積もり積もった不満が爆発してしまったのだ。


「それは違います、伽耶かや様は――」


「――やめとき」


 主君に代わって弁明しようとするシエナと、そんな従者を制止する主君。

 そして伽耶かのじょは一度皆に頭を下げて謝罪を告げ、()()()()()()()()()を今、この場にいる全員に共有する。


 伽耶かやがこの場で伝えたのは以下の三つだ。

 一つ目に、つい今しがた騒動の原因となった露零ろあ水鏡くにを出たこと。

 二つ目に、滅者てきである露零ろあの出生に自身も深く絡んでいること。

 そして三つ目に露零ろあ()()を討ち取ったという紛れもない真実。


 最初は真偽不明の伽耶くにおさの話を誰も信じていない様子だったが彼らの中にたった一人、()()の出来事を知っている人物がいた。

 その彼はかつて、魔獣の存在を間近で目撃して死を悟ったという一生に一度あるかないかの望まぬ絶望体験をしていた。

 目にしただけで戦闘意思どころか生に対する執着すら削がれる巨躯、呼吸という生命活動を行うだけで死を連想させる瘴気をその身を以て経験した彼は「あの魔獣を……」と、唖然とした様子でにわかには信じられない反応を示す。


「ねえさんからの情報なら間違いない…だけど情報が曖昧過ぎる」


 押し寄せた他の人物は次々に()()()()と口にする。

 この手の情報筋は誤情報が多数出回るものだが少なくともこの場にいる者は皆、()()()()なる人物に絶対的な信頼を寄せている。

 そして、口にこそしていないがそれは伽耶かやを始めとするシエナや他従者も決して例外ではない。


 良くも悪くもインパクト抜群の()()という単語に並々ならぬ反応を示したその彼は「えっと…その子の名前は確か……弓波露零ゆみなみろあ」と恐怖心が無意識のうちに蓋をして記憶の奥底にしまい込んでいた、情報提供者から聞いたいつかの会話を思い出す。


「合ってるで、それがあのの名前や。ウチが考えた名前やし由来も全部言えるけど教えたろか?」


 そう言って伽耶かやは不敵な笑みを浮かべながらカマをかける。

 いや、本当に由来があるのかもしれないが、かつて共に過ごした彼ら彼女らは自身につけられた不名誉な()()()のようにロクでもない由来ではないかと警戒し、「い、いや。ねえさんの情報は正確性が売りだからそこまではいい」とさっきまでの喧嘩腰な態度はどこへやらで、気付けば場の熱はすっかり冷めきっていた。


「何や気になる言い方やな。ウチの話は信用できひんって言いたいん?」


「い、いやぁ…あはは」


 そうは言うも、水平線のように果てのない母性で全ての國民を受け入れた伽耶かやは一人、場の空気を蹴とばす勢いで高笑いする。

 國民の中にその事実証明をできる人物がいたのは不幸中の幸いだった。

 その彼のおかげで話が円滑に進み、これ以上國民との溝が深まることはなんとか避けられた。


「――――てなわけやから今日のところは引き返してもらうで」


「まぁ…滅者てき水鏡すいきょうにいないなら俺たちが何をする必要もない、か」


 沸点を超えてしまった人間は歯止めが利かなくなってしまう。

 しかし熱とは時間を置けば自然と冷めるもので、状況によっては氷を投入するように瞬間冷却することさえ可能だ。

 だが今回は内容から瞬間冷却することは難しいと判断した伽耶かや

 よって、彼女はあえて長々と時間をかけて説明することで國民に冷静な思考を取り戻させていた。


 その身に宿る水のマナも相まってか、これまで伽耶かやは國民からその都度()を取り除くことで彼らとの関係が完全に拗れることはなく、また、争いに発展することもなかった。

 このままいつもの流れで引き返していく流れ…だと思われたが、一人の女性が怯えながらも肝の座った瞳を伽耶かやへと向け言葉を発する。


「あの、私からも一ついいですか? 私たちはなにも伽耶かや國長じょうおうなことに不満があるわけじゃないよ。でも…だからこそ國民わたしたちのことを安心させて欲しい」


 國の顔であり一時的とはいえ育ての親はよく知った間柄と言えるだろう。

 しかしそれはそれとして、怖いものは何をどうしたって怖いだろう。

 意を決して苦言を呈したうら若き乙女は伽耶かやと同年代くらいの容姿をした女性だった。

 見た目以上に精神年齢は上かもしれないが、伽耶かやは彼女の重みある言葉に自身がかつて先代に言い放った()()()を重ねていた。

 その上で伽耶かのじょは前任者が自身に返した言葉とは違う、自身の等身大の()()をこの場を借りて表明する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ