第一章50話『出國』
「ふふっ、秘密だよっ♪」
「え~、いいじゃないですか」
露零は今、この場で誰にも願いを話すことはなかった。
それでも終始知りたがっていた先輩従者二人はなかなか引き下がってくれなかったが、姉に助けを求めたことで少女は二人の質問攻めからようやく解放されたのだった。
「ちょい待ち、露零が困ってるで。そういうとこは昔っからなんも変わってへんなぁ」
寄って集って後輩をからかう従者二人を嗜めつつ、自身は高笑いをして見せた伽耶。
そんなこんなで楽しく雑談していると、時間はまるで流星が消えるが如き速さで経過していた。
そのことに窓から見えた外の暗さで気付いた心紬は明日、早朝から國を出ようと考えていたため「今日はこのくらいでお開きにしませんか?」と他三人に提案する。
そもそも四人が今いる部屋が心紬の部屋なのだから、彼女一人が会話から抜けても大して意味はない、どころか眠ることすらできはしない。
だがお開きを提案しても他三人に出ていく気配が一向に見受けられず、心紬は半ば強引に三人を部屋の外へ追い出すとさっさと消灯して一足先に床に就く。
「――ちょい待ち…って寝んの早っ! って言うても話し込んだ後やし疲れてんのも当然やわな。露零も部屋戻ってよう休み、なんぼ若い言うても身が持たへんで」
部屋を強引に追い出された三人は障子越しに映ったシルエットから心紬が寝るまでを確認し、一切無駄のない一連の動きに伽耶はすかさず突っ込みを入れる。
しかし同時に共感もしており、彼女は次に露零を気遣う。
その気遣いに気付いた露零は「うん、お姉ちゃんもシエナさんもありがとう」と伝えると一緒に部屋を追い出された二人とも笑顔で別れ、少女は一人自室に向かって歩き出す。
そうして自室に戻ってきた露零はこの数日間で得た情報を脳内で整理する。
――――しかし、露零の中では疑問が増える一方だった。
まずは対魔獣戦で勝利を齎した一撃必勝の武器、破魔矢。
それを召喚した少女の中に眠る謎の人物シャンテ・レーヴェ。
魔獣戦以降、全く音沙汰のない彼女は一体何だったのか。
次に碧爛然の遺言で名前の挙がった鳴揺なる謎の人物。
こと切れる寸前の遺言という点から碧爛然が治める國、風月の主要人物なのだろうことは容易に察しがつく。
しかし露零は彼の容姿、性別、風貌と鳴揺なる人物のことを一切知らず、また、彼の何を救えというのだろうか。
そして最後に禁術とされる幸滅の祈り。
これによって誕生した露零の対を成す存在、識爛然も得体が知れない。
爛然の名を冠していながらどこの國にも属さない彼は現在、どこで何をしているのだろうか。
――――など、気掛かりなことを挙げれば切りがない。
それらは追々分かっていくことだが、幼ければ幼いほど人の好奇心は強い傾向があるのもまた事実だ。
少女はそんなことを考えるも、知る方法がないと悟るや興味を次なる目的地である風月へと向け、期待に胸を膨らませる。
(風月ってどんなところなんだろ? どんなお店があるのかな?)
まるで翌日に遠足を控えた小学生のように感情が浮足立っていた露零は布団に入ってからもなかなか寝付けなかった。
明日は國を出るのだから泊まれる宿、いや、雨風凌げる建物まで辿り着けるのかすらわからない。
それどころか最悪風月に辿り着けず、敵地である未開で一夜を明かすなんてことも十分にあり得る。
いつまで経っても眠れない。
そんな状態のまま気付けば迎えていた深夜帯。
時間帯によって気持ちの浮き沈みが顕著に表れるのは心が未成熟だからだろうか。
しかしそんな心配は杞憂に終わり、ほんの少しの夜更かし程度に落ち着いた露零は目を瞑ってから五分もすれば、すやすやと深い眠りに落ちていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
日付は変わり、藍凪、そして水鏡を発つ翌朝。
目覚めた露零は真っ先に心紬の部屋を訪れると、なぜか出てきた彼女の目は充血していた。
――――こんこん。
「心紬お姉ちゃんいるー?」
「こんな朝早くからどうしたんですか?」
「心紬お姉ちゃん大丈夫? 目、すっごく赤くなってるよ?」
心配した露零が理由を聞くとどうやら毎年欠かさず見ていた水中花火を見れなかったことが心残りなようで、彼女は起きてから今までずっと泣いていたそうだ。
「水中花火は近くから見れるので迫力が段違いなんですよ。露零も見れば絶対好きになること間違いなしです」
「水中花火ってそんなにすごいんだ!」
なぜか水中花火の魅力を熱弁された露零だが、そもそも水中花火なるものを見たことのない少女は今ひとつピンときていなかった。
しかし先輩従者の熱弁で水中花火に対する興味は自然と湧き、「それじゃあ今度一緒に見に行こ?」となだめる意味でも彼女を誘う。
「水鏡の案内なら任せてください。ふふっ、また楽しみができましたっ♪」
以前訪れた「髪結い屋」にはそれほど興味を示さなかった露零も『水中花火』には興味を示し、共通の話題ができたことに心紬は思わず笑みを浮かべる。
二人がそんな話をしているとしばらくしてからなぜか伽耶、そしてシエナが一緒に部屋を訪ねてくる。
伽耶は障子越しに「話してるとこ悪いけど出るんやったら今やで」と、ほんの僅かに焦りが見える口調で外から二人に声を掛ける。
良からぬ事態を予感させるその言葉に露零は冷や汗交じりの疑問符を浮かべ、部屋を出た二人は彼女らと合流すると四人はそのまま城門に向かって歩き出す。
城門と言っても「城下町側」と『自然側』の二つが存在するが、その二つの門は真逆の位置にある。
今回、出國組二人が通るのは『自然側』の城門だ。
だから道順もいつもと違い、早朝ということもあって玉砂利を踏んで音が鳴らないよう避け、石畳の上を歩いて城門前まで移動する。
「それじゃあ行ってくるね」
「気ぃ付けて行ってき、ウチらの見送りはここまでやけどいつ戻ってきてもええようにして待っとくわ」
「伽耶様をこき使うのは不本意ですが手伝いたいと言われたら流石に断れませんし」
そう言うシエナの口調はいつも通り冷めていたが、表情は嬉しそうで頬も少し赤らめていていた。
主従逆転にも似た伽耶の行動に露零だけでなく心紬も驚いていたが、当の本人はというと立場による見えない呪縛から解き放たれたことを心から喜んでいた。
「お姉ちゃんが掃除とかするの??!」
「伽耶様が家事をするんですか?!!」
「そうや? なんや二人して、えらい失礼な反応やん」
「だってお姉ちゃん、だめだめだもん」




