第一章40話『物置蔵』
同じく、もらい笑いしながら「ふふっ、心紬お姉ちゃん大丈夫?」と言って先輩従者を心配する露零。
だが時間経過で増す痛みはあくまで悪ふざけの範疇に留まり、上限に引っかかるとそれ以降はすぐに痛みが引いたようで少女が声を掛けた時にはすでに彼女はケロッとしていた。
「むぅ、二人ともそんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
頬を膨らませ、拗ねた心紬はため息交じりの言葉を呟く。
そんな彼女の横顔は露零の目にはなぜか無性に幼く映って見えていた。
すると近くの一室の障子が内側から開かれ、直後に聞き馴染みのある冷気を帯びた鋭利な声も一緒に聞こえてくる。
「いつまでここに屯するんです? せっかく広い城にいるんですからもっと広々と使えばいいでしょうに」
すぐ近くの部屋から出てきたシエナにそう言われ、彼女が手に持っていた猫のロゴが入った実用性重視の手作り掃除道具を目にした三人は左右に捌けて道をつくる。
表情には出てないが、恐らく内心ぷんすかしているだろうことをほんの僅かな声色やトーンの変化から何となく察することができた露零。
そんな少女の感覚を裏付けるように、伽耶は二人にある提案をする。
「シエナも怒っとるみたいやし駄弁るんもそろそろ終わりにしよか。それにしても露零の髪って絹糸みたいにサラサラやしあんたの元仕事場に行ってもすぐ打ち解けれそうやな」
「やっぱり伽耶様もそう思いますよね! 私もずっと綺麗だな~って思っていたんですよっ♪」
これまでずっと心に秘めていたことを代弁した主君の言葉に心紬が弾むように言葉を返すとその勢いで、ごく自然に当の本人である露零の髪に優しく触れる。
そのタッチはまるで本職のようにとても繊細であり、髪をべた褒めされ、愛でられた露零は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「えへへ。綺麗って言われるの、なんだか嬉しい」
「そういえばずっと出かけっぱなしやけどあんたら疲れてるんとちゃう? 別に無理せんと断ってもええんやで?」
今更な気がしなくもないがふとそんな心配をされ、露零は疲労を微塵も感じさせない満面の笑みを浮かべると姉には表情で答え、先輩従者には自分の言葉で意思を伝えようと考える。
この世界、有為では外見や容姿など全くあてにはならない。
要所要所で精神的幼さは垣間見えるが、全体的に見れば肉体年齢が十五歳なのに対して精神年齢は遥かそれ以下。
一桁後半であるにもかかわらず早い段階で前世の記憶、その扉が開かれた少女は十分早熟と言えるだろう。
しかし段階を踏んで成長した者からしてみれば少女の意思疎通方法は抜けきらない幼稚な発想のように思え、そこは流石の一言とばかりに伽耶。
彼女はその意図を文字通り表情だけで察すると「好奇心に取りつかれとるなぁ……」と保護者目線で心配そうに呟く。
これまでかなりの修羅場や死線をくぐり抜けてきた姉から見ても心配になるほど忙しない日常を過ごしていたのは紛れもない事実だ。
識変世界での出来事とはいえ、少女はこの数日で一度臨死体験し、二度も戦場に駆り出されているのだ。
その後に一日単位で休日を挟んだとはいえ、それでも連日遊び回れる底なしの体力は無理をしているようにしか思えなかった。
そんなことを考えていた伽耶は気付いた時には一人、置いてけぼりを喰らっていた。
そのことに彼女は「ちょい待ち、何も言わんと置いてかれんの、結構傷つくねんで」と一人ぼやいていたが、一方の二人も「お姉ちゃんってたまに話聞かないことあるよね」とこちらも同じくぼやいていた。
その二人はというと伽耶と別れた後、城外に出ると敷地内を横並びで歩いていた。
カラカラと音を鳴らす玉砂利に心を癒されながら、城から少し離れた位置にある蔵に到着すると心紬を先頭に二人は中に入っていく。
その蔵はその都度掃除しているのか清潔感が保たれていて、外観の古風なイメージとは違って中は全く埃っぽくなかった。
「ねぇ、ほんとに何でもくれるの?」
そう尋ねる少女の声色は好奇心に満ち満ちた「暖色」だった。
しかし初めて入る蔵の中は薄暗く、この時に浮かべた表情は対極の『寒色』で顔色が悪かった。
しかし薄暗くて表情が見えない心紬は少女に対するこの場での判断基準が「声色」となると「ええ、露零はよく暇って言っていますし確かに机と布団だけじゃ退屈だと思ったので」と軽く返し、さらに「明日行こうと思っている私の元仕事場の近くには雑貨屋さんもあるので帰りに寄ってみませんか?」と少女の好奇心をより搔き立てる提案をする。
「なにそれ! 行ってみたい!!」
興味津々な少女は前のめりに返事した。
正直なところ、心紬の元仕事場よりもついでの雑貨屋に強く興味を惹かれていた露零だったが、元仕事場に興味を示して欲しかったのだろう心紬は表情が見えないのをいいことにわかりやすくしょんぼりしていた。
蔵の中は薄暗く、心紬は手探りで入り口付近に置かれた蝋燭二つを発見すると一つ一つに火をつけ始め、蝋燭が乗っている手持ち燭台二つのうち、一組を少女に手渡すと二人は分かれて蔵の中を見て回る。
軽く蔵の中を歩いてみて分かったのは、木製の棚が数列並んでいることだろうか。
棚と棚との合間は等間隔に空いていて、人二人が横並びで歩いてもまだ余裕がありそうな通路がいくつかできていた。
恐らく有事に備えて通路を広く確保しているのだろう。
木製の棚は防腐処理が施されているのか一切腐敗しておらず、蔵内も物で溢れてはいるが全て棚の中に収まっていた。
全然ほこりが溜まっていないことに(シエナさんってこんなところも掃除してるんだ)と感心していると、露零に似合うだろう小物を数点ピックアップし手に持ってきた心紬に声を掛けられる。
「露零ー! これなんてどうですか?」
「あっ! これって心紬お姉ちゃんも持ってたやつだよね」
「あのときのこと覚えてたんですね。巾着袋ってかわいいですよね」
「うんっ! これで心紬お姉ちゃんとお揃いだね♪」
ピックアップしてくれた小物数点の中からあえて一つを選ぶなら、白と水色を基調に編まれた巾着袋だろうか。
この白と水色というのは露零が最も好む色であると同時に少女のイメージカラーでもあり、そのことを踏まえて選んでくれたのだろう先輩従者に露零は笑顔で嬉しそうに答える。
彼女に勧められたものの中にお揃いの巾着袋があったということが今この瞬間、少女の感情の大半を占めると他の物には一切目もくれず、それ一点のみを手に取る。
その後、惜しくも選ばれなかった他の小物を元あった場所に戻してくると言って再び別れた二人は各々蔵の中を物色していると、露零は興味がそそられた目ぼしいものをいくつか発見する。
そうして見つけたものを買い物感覚で手に取っていくと四、五個くらいで持てなくなってしまい、今回はこれだけもらおうと考える。
それから心紬が何かを持ってくることはなく、目的を終えた二人は時間差で一人ずつ蔵から出てくる。
そうして出てきた少女は新品同然の未開封の花札に砂時計ならぬ水時計など小物数点を最初に心紬が勧めてくれた自身のイメージカラーで編まれた巾着袋の中にまとめて入れていた。




