第六章11話『水違い3/3』
滅者を筆頭に対人想定で建国された鉄壁要塞国家、禍都。
しかしその鉄壁要塞もたった一つの失念によって、付け入る隙を一目で見抜いた敵勢力からいい嘲笑の的にされてしまっていた。
その失念というのは空襲に備えた天蓋を設けなかったということ。
しかし禍都を建国するにあたって滅者の面々のみで相当数、行われた協議の末に行き着いたこの構造には彼らなりの思惑があり、まず第一に鉄壁を作ることは確定事項で更にその上、土地面積に対して天蓋を作るという案自体は挙がったが、ただでさえ掛かる莫大な人員やコストが二倍以上に膨れ上がり現実的に考えて再現不可能だということ。
ならば野生という過酷な環境下で長期に渡り生き抜いてきた、自衛の術を有する野良らの力を信じてみようという結論に至り、大前提として「汚れ役は我ら滅者が引き受ける」ということで建国前会議は閉会していた。
だがその滅者の大半も今や敵地である未知の領域にて囚われの身となっていることに禍都に住まう面々は露ぞ知る由もなかった。
一方で同じく禍都国内では少し前、化け猫姿となり突如として降って湧いた人形の群れを見事退けた彼女猫。
だが良くか悪くか彼女猫の行動によって起動した、人形を媒体とした死魔による宣戦布告。
その声は今も降り続ける狐雨が拡声器の役割となって瞬く間に国中へと拡散され、敵襲とそれを退けた者、二つの存在を瞬時に理解した滅者が一人、喪腐は事の重要性に対して辛うじて聞き取れているという現状に、一番弟子にして側近でもある駐屯兵長、通称「とんぺい」に窓を開けるよう指示を出す。
「屋内だとよく聞こえないわ。とんぺい、窓を開けてくれるかしら?」
「言われなくてももう開いた」
狐雨という名の疑似拡声器によって聞こえた声は別地点で彼女猫が聞いたことと同様の内容だった。
それが時間差で国中に轟き、国民の耳に届くまでにラグが生じたというわけだ。
だがお陰で現状が理解できた、本人にそのつもりはないが国中の誰もが認める先生にして建国女王、喪腐はとんぺいに階下の学生寮で暮らす野良を総動員させ、警戒網を敷くよう指示を出す。
「私たちだけじゃとてもじゃないけど手に負えないわ。猶予丸々とは言わないけどしばらくの間、国を空けるから後のことは任せるわ」
「そういや、もふ先だけが滅者の居場所を随時知ることができて辿れるんだったな。土台があれば後は俺たちで上手くやる。こっちのことは気にするな」
「ふふっ、じゃあそうね。階下の生徒達を集めて警戒網を敷いてくれるかしら。しばらくの間はログハウス生活になる子も出てくると思うけどこれを機に「危機感」と『結束力』を強めてもらうわ」
束の間の平穏により、すっかり弛んでしまった元野生児たちの勘を取り戻すのにはある程度の日数がかかるというのが喪腐の見通しだった。
故に九日という自身にとって都合のいい猶予に引っかかりを覚えるも、敵の目的が不明瞭な以上、今はどうすることも出来ないと割り切ると早速国を発つ準備に取り掛かる。
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そして場面は移り、時同じくして現在、未知の領域では滅者が現在服役中の監獄洞窟内にて激しい戦闘が勃発していた。
一方は囚われの身である滅者を「解放」する目的で訪れた風月の國長、新月御影。
対するはその「目的」の対象者であり、彼ら滅者の中でもトップと呼ばれる人物、死旋が自ら御影の前に立ちはだかった。
肩書だけで見れば格上、さらに付け加えるならば、その格上の存在である滅者の中でも頂点に君臨する死旋は自力で雑居房から抜け出ると、まるでハンデとでも言いたげな様子で音圧による振動を手枷に伝えると一対一の勝負を申し出る。
「俺たち言葉で浄魂される者にとって、馴れ合いは死を意味する。我を通したければ押し通ることだ」
「話が早くて助かるよ。舐めた態度は気に入らない、だが手間戦とは違う粋な計らいに敬意を表して俺がこの手でぶちのめしてやる」
意見の食い違いから早くも一触触発ムードとなり、相対した二人は互いに揺るがぬ信念を持っている。
それは二人が真っ向から対立する理由となり、これまでにないほど闘争心に火が付いた御影は環境の利を最大限生かす戦闘趣味レーションを組み立てると闇に溶け込み背後を取る。
「もらった! 靄切り鎌鼬!!」
「音域響」
洞窟内という、互いが環境の利を得られるという絶好のシチュエーションによって二人の戦闘は秒針を刻むごとに激化する。
御影にとってのアドバンテージ、それは「暗所」というところにあり、影という生まれ持った固有の力の強みが遺憾なく発揮できるという点こそ彼の強みだ。
対する死旋はというと、強みの方向性こそ異なるが彼もまた、『閉所』であることで「音域」・「音響」という索敵に特化した技の精度、そして情報伝達速度が著しく向上している。
だがそんな二人の激しい戦闘は決着をもって終了するのではなく、個人で行動し、元々高水準にあったその実力を更に人知れず高め続けてきた努力の虫である彼の猛攻を回避する際、思わず力んだことで暴発した音圧の重圧が洞窟全体に負荷をかけてしまい、崩落の危険性を一早く感じ取った他の滅者の忠告によって、消化不良ながら一同は監獄洞窟からの脱出を図る。




