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御爛然  作者: 愛植落柿
第六章『天地鳴動』
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第六章10話『水違い2/3』

「遅い、いくらなんでも遅すぎます」


 ()()で送り出した遣い猫。

 あれから裕に一時間以上は経過しており、もうとっくに戻ってきていてもおかしくないと考えるシエナはこれまで見せたことがないくらい、驚くほど冷めた表情を浮かべていた。

 過去、今と似た状況になった際には「動く冷却機」と、その揶揄われた彼女だがそんな彼女はというと、輸血が原因で発熱したのだろう露零(ろあ)を少女の自室へと運び看病していた。


 この時、室内に少女が倒れる瞬間に居合わせた伽耶(かや)の姿はなかった。

 しかしシエナは伽耶(しゅくん)について何か口にすることはなく、額に置いた布切れを水桶に浸して絞ると再び少女の額に置いてそのまま首元に手を伸ばす。


「一向に解熱する様子がありませんね。()()()で頓服でも作ってあげますか。その前に――」


「…………」


 そう言って静かに立ち上がったフットワークの軽いシエナは階下にある調理場へと向かうため、一度部屋を出るとその前に再送するため再度、今度は別の和猫を招集する。

 すると予め室内で施していたのか、一度目と同様の文章が刺繍された白いスカーフを和猫の首に巻き付け同じく速達で送り出す。


「これは重要案件です。速やかに送り届けてください」


「にゃお!」


 その後、薬草をすり潰して頓服を作るため、階下(かいか)へと()り調理場へと向かうシエナは輸血が引き起こす副作用がさらに重篤になる可能性も視野に入れると一刻も早く輸血に使用された血液の提供者、血液型、管理体制などを知らなければならないと考え、その詳細を知る唯一の同僚の帰りを今か今かと待っていた。

 そうしたそわそわ感から無意識のうちに震えた手はそのまま薬草ネペタをすり潰す動作へといつしか変わり、身体に染みついたその一連を別の思考をし、心ここに在らずな状態のまま行い済ませると完成した薬草を小鉢に移し、再び来た道を戻っていく。


「猫が食すると「キャットミント」となり、人が食すると『ネペタ』となり味落ちするだなんて不思議な話ですよね。私としては毎日の軽食としたいくらいなのですが……」


 混血種(ハーフ)あるあるなのか、そうした悩みの一つである味覚の違いをキャットミントにて実感した過去があるシエナはそんな当時を振り返りながら元居た部屋に戻って来ると、そのまま少女の近くに正座の姿勢から入って腰を下ろすと口調こそ冷めているがどこか丸みを帯びたワードチョイスで語り掛けるとそのままネペタをすり潰して作った頓服薬草(とんぷくやくそう)を少女の口に流し込む。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 一方その頃、速達の(めい)を受け送り出された二匹目の和猫は一足先に送り出された和猫と同じ(てつ)ならぬ同じ水を踏んでいた。

 今現在、同じ水溜まりから水面下通路を通った和猫の浮上先は未開(みかい)()で彼猫は今もその地に留まっている。


 だが彼猫の時とは水面下の状態が異なり、彼猫の時は入水時から明りとセットで出口扉があったが今回は入水時点でそんな明りは一切見当たらず、まるで深海を思わせる漆黒さ。

 だがそんなブラックボックス状態の空間にも時間経過でぽつぽつと明かりがつき始め、傍目にはチョウチンアンコウが狩りで用いる提灯のような不気味さを感じるが、水中屈折により揺れているように誤視認した彼女猫は「揺れる明り=猫じゃらし」なのだと錯覚すると、まるで催眠術にかかったかのように一つの出口へと向かって歩き進んでいく。


「ここを開ければ外にゃ! ここを通れば愛しのニャンダーランドはもうすぐそこにゃん♡」


 扉の先は夢にまで見た辺り一面に広がる猫じゃらし畑だと信じて疑わない和猫は重く閉ざされた出口扉を開くため、本来の化け猫姿となって腕力を得るとそのまま出口をくぐって外へと飛び出す。

 

「何にゃここは? ニャンダーランドはどこに行ったにゃん??!」


 思っていたものとは真逆も真逆の光景に、彼女猫は心底落胆し、困惑していた。

 そう、浮上したその場所は狐雨(きつねあめ)が降っていて、周囲を見渡すも過去に(めい)を受けての訪問経験がある御爛然(ごらんぜん)が治めている國国ではないのだろう、見覚えのない開拓された土地が広がっていた。


「――――はっ、にゃに奴?!!」


 逆立つ毛並みは起こりはさざ波、次第にそれは波紋のように全身に揺れ広がると彼女猫の警戒心を刺激する。

 すると狐雨(きつねあめ)によってできた水溜まりから次々と人形(ひとがた)が誕生し、それらは彼女猫を視界に捉えると無我のまま掴みかかるように襲い掛かる。

 この時、接地点にのみ働くはずの回転反射が人形(ひとがた)に対しても作用することを直感した彼女猫は一度和猫の姿に戻ると人形(ひとがた)の足元を駆け抜け、再び化け猫姿となると回転反射の遠心力を利用した猫パンチを容赦なく打ち込むと全ての人形(ひとがた)をワンパンでノックアウトさせる。


 たった一発殴られただけでダメージ許容上限を優に超過した人形(ひとがた)は液状化という名の仮死状態となる間際、一見遺言のようにも取れるがそもそもその目的で作られたこの中ではリーダー格の伝言人形(でんごんひとがた)はその自覚から根性を見せ、肉体を数秒間だけ維持させると疑似心臓(ドライアイス)から送られる冷却信号に従って死魔(しま)の意思を代弁する。


「よう堪えた、褒めて遣わす。我らにとって都合のいい見誤り方をした滅者(ぐみん)諸君。これは宣戦布告である。九日間の猶予をくれてやろう、せいぜい足掻いて見せよ」

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