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御爛然  作者: 愛植落柿
第六章『天地鳴動』
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第六章9話『水違い1/3』

 シエナから速達の(めい)を受けた和猫は現在、移動手段である()を求めて城外に出てきていた。

 その時、本能的に城壁の外に水溜まりがあることを直感した和猫は身軽に城壁に飛び乗ると、そのまま高所を利用して遠方にまで目を凝らす。

 そうして見つけた探し物だが、和猫は違和感に気付いていなかった。


 その違和感とは直近で雨が降っていないということ。

 また周囲に人もおらず、水溜まりができる条件が整っていないということに。


 速達という時間的余裕がないこともあり、考えが至らぬまま水溜まりに飛び込むとそこで初めて和猫は違和感に気付き始める。


「この水、にゃにか変!」


 直感的に生命を脅かされた和猫は本来の姿である()()()となり言葉を発するとこれまで四足歩行だったのが二足歩行となり、まるで体毛の生えた人間のような姿となって警戒心を露わにする。

 日常ではまず見ることのないその形態を引き出した水の正体だが、それは「PCM素材」と『形状記憶』という二つの特徴を併せ持つ人形(ひとがた)が原型を失い液体化した、水ではない()()だった。


 通常、和猫が通路とする水溜まりの内部は水底トンネルのような綺麗でクリアな一本道となっている。

 しかし今回の水中はそれとは全く異なり、目的地へと繋がった一本道というよりも単なる水面下とでも言うべきか、薄暗い上に奥行きの見えないその空間は不定期な間隔で不気味な明かりがついていた。


「あれは何にゃ? とにかく行ってみるにゃ!」


 好奇心に負け、明かりへと向かって移動を開始した化け猫は明りの灯る場所に到着すると、そのすぐそばには出口と思われる扉があった。

 その扉は和猫の姿で開けることは不可能であり、化け猫という本来の姿に変化(へんげ)した伝達猫は最も近い位置にあった扉を押し開くとそのまま外へと飛び出す。


「イチかバチか、出てみたのはいいにゃんが…ここはどこにゃ?」


 思わぬ不測の事態に見舞われた和猫は入水地点から最も近い扉をくぐって出た先の光景に酷く驚きの反応を示す。

 というのも、伝達猫が水面下から浮上したその場所は敵地のど真ん中、未知(みち)領域(りょういき)に間違いなかった。


「その姿、水鏡(すいきょう)の化け猫か?」


「にゃにゃっ! そにゃた様は!!」


 丁度その時、私用で偵察に来ていた御爛然(ごらんぜん)が一人、新月御影(にいづきみかげ)とばったり出くわした伝達猫はこれまでの経緯(いきさつ)を説明する。

 すると御影(みかげ)は「内容を聞いた限り重要性より早さに重点が置かれていること」、その上で「必要とあらば再送するだろう」と私見を伝えると暫しの間、自身と行動しないかと提案する。


「――――ということだ。ここを出るまで俺と行動を共にしないか?」


「それは嬉しい提案ですにゃ。是非お供させてもらいますにゃん」


 確実性のある移動手段もこの土地には最早ないと言っても過言ではない。

 故に遂行能力の奪われた伝達猫は土地勘もなく、速達以前に故郷に戻れるかどうかも怪しいという事実を前に、突如として現れた救世主の提案を快諾する。


 その後、明確な目的をもってこの地に訪れた御影(みかげ)を先頭に一人と一匹が歩き始めてしばらくすると、彼らは分厚い鉄柵を張られた監獄洞窟を発見する。

 そう、御影(みかげ)の目的はこの監獄洞窟にぶち込まれた滅者(めつしゃ)の解放にあり、彼らが再び野に解き放たれることで自身も動きやすくなると考えたのだ。


 敵の敵は味方という言葉もあるがこの場においてその理論は全くと言っていいほど当てはならない。

 いい攪乱になれば万々歳、潰し合ってくれるなら尚良しくらいの控えめな考え、そして前任者を超えるという野心からどう転ぶか誰にも分からない混沌を巻き起こす決断を下すと伝達猫を置き去りに、自身は影に溶け込むと正面から堂々と潜入を開始する。


「ここからは俺一人で行く。戻るまで猫の姿でやり過ごせ」


「了解ですにゃ」


 壊そうと思えば壊せなくはないが、相当なレベルにある御爛然(ごらんぜん)の力を以てしても隠密裏に事を済ませることは難しいと思わせる鉄柵は侵入者に対しても十分に機能していると言えるだろう。

 だがそれも正攻法の話であり、固有(こゆう)(マナ)はこの世界に生を受けた一人一人で異なるため、その全てに対応した防衛策を講じることは事実上不可能だ。


 監獄を日の差し込まない洞窟内に作られたのは御影(みかげ)にとって、まさに好都合だった。

 洞窟内に潜入した御影(みかげ)は監視役として配置された人形(ひとがた)を抜刀術、月半割(つきなかわ)り。

 二丁拳銃による陰陽(おんみょう)弾射離(だんしゃり)という相殺法で疑似心臓(ドライアイス)を消滅させるといとも容易く監獄内を制圧する。


(奴らがいるのは最奥か?)


「…………誰だ」


 御影(みかげ)目線、ようやく視界の先に牢屋を見たというタイミングでそんな問いが投げかけられた。

 牢屋までの距離はまだ十メートル以上も離れているのに気取られたのは制圧するのに派手なドンパチとなってしまったからだろうか。

 ふとそんな考えが過り、牢屋の前まで行くと声の主が囚われの身の滅者(めつしゃ)の中でもトップ、死旋(しせん)だと知った御影(みかげ)はある疑問を投げかける。


「一目見ただけで俺には分かる。あんたがその気になればいつでも脱獄できるはずだ」


「――――その気はない。今はまだ」


「そういうことだ。とんだ無駄足を踏んだな、ご苦労なこった」

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