第六章8話『死魔』
一方その頃、御爛然でも滅者でもない、第3勢力が拠点とする未知の領域へと場面は移り、ドライアイスという名の擬似心臓の登場によって、早期導入された一部の人形は耐熱性能が著しく向上していた。
故にそれらは手を加えた張本人史上、最高傑作といっても過言ではなく、我が子に御粧しを施すかのように両手に纏わせた狐火で人形の顔の表面を優しく包むと従来の人形レシピから一手間、さらにもう一手間加えた独自のアレンジを加えることに成功する。
そんなメコは自らを指して死魔と称すると、勝手知ったるかつての故郷、水鏡に進軍した理由を一人打ち明ける。
「我の腹の内に気付くことなく縋ったこと然り、地の底抜けに愚かで浅ましい劣種よ。疑似心臓の持ちの良さで選んだ進軍先も勝手に深読んでいるのだろう? 我ら死魔に魅入られては逃れる術無しと知るがよい」
「隠密行動に特化した他人型は他に類を見ない特別製だ。俺とお前が手を組めばあの傍若無人な女を引きずり下ろせる、少なくとも俺にはその策がある」
そのとき第三勢力、死魔が拠点とする未知の領域を小賢しくも逃げ回る滅者を捕らえ、牢屋にぶち込んだ張本人、奈極が姿を現すと彼はメコにあることを提案する。
それは「共に手を組み、己が上に君臨する邪魔な存在を引きずり下ろさないか?」というもので、にべもなく彼の提案に乗ったメコは不敵な笑みを浮かべると表面的に手を結ぶ。
「返す掌などありはしない。肝に銘じよ」
「結構、これで俺たちの時代は確約されたも同然だ。盤石、故に一分の狂いも許されない」
「我を誰と心得る? それで気配を殺したつもりなら失笑ものよ、ローブの娘は其方の手駒なのだろう? 申すことがあるではないか」
紛いなりにも砦という肩書を長年持っていた狐と人間の混血種。
更に今では死魔と呼ばれる、他の全てを差し置いて最上位に位置する存在にまで大出世を果たしたメコ。
そんな彼女は完全に気配を消していたにもかかわらず、時空を超えた使者の存在を人並み外れた野生の感で察知するとその者がたった今、協定を結んだ奈極の腹心だと言い当てると敵を知るにはまず味方からと言わんばかりに言及し、情報を共有するよう催促する。
核心を突いた彼女の一言にわかりやすく表情が険しくなる奈極だが、その腹の内ではドス黒い野心が渦巻いており、同じくメコも化かすことに特化した狐火という名の厚化粧の下では面の皮の厚さがこれでもかというほど強調されていた。
そんな腹の内に漆黒の闇を抱えた二人のどこか危うさのある危険な協定。
協定を結ぶにあたって、握手を交わす二人の思惑は酌み交わされた左手が全てを物語っており、表面上の手の取り合いをして見せたメコは狐火を発火させることで滅菌し、打算で手を結ぶことを提案した奈極も組み交わした手のみに限らず、腕部分全てを過去に残してきた綺麗な肉体とリンクさせることでシンクロ感を得ると生理的嫌悪感を払拭する。
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そして場面は再び弓波露零のいる國、水鏡へと移り、何か隠しているのではないかと疑惑の目を向けられた姉である伽耶、そして自身の同僚シエナは互いに顔を見合せていた。
その後、阿吽の呼吸で意思疎通する二人が何やら意を決すると立てるお伺い相手が不在な中、事情を知る者同士で多くは語れないと牽制も兼ねたアイコンタクトを送り合うと、問題の少女が注入されたという輸血パックの出処は心紬の所有物であること、かつては先代の腹心だったメコの情報という肝心要はぼかした内容を共有することで少女の理解を得ようと試みる。
「まず前提としてメコについて教えとくわ。あれは素体の本音部分を面白可笑しく改変した挙句、尾ひれを付けて翻弄する癖があるんや。しかも人やない者がそないな物を簡単に手に入れられへん。その理屈で言うたら心紬が大事にしとったもんってことになるやろ?」
「確かに心紬お姉ちゃんだったら持っててもおかしくないけど…それでもやっぱり不安だよ」
姉渾身の力説の最中、申し訳なさそうに言葉を返す被験者目線の意見として、少女が抱いた疑問は至極真っ当なことと言えるだろう。
今回使用されたそのもの自体は知った仲の身内が厳重に管理、保管していたものであってもそれを自身に注入した施術者に問題が大ありなのだ。
たとえ自身に輸血した張本人が液状化しようとも消えぬ不快感。
接触を予期させるかのように加速する体内時計が幻聴となって少女の耳に警鐘を鳴らし、上り迫る血液という名の列車が脳内で正面衝突しようというその刹那、血の巡りに押し上げられる形で発した言葉は生存本能を脅かされた人間が咄嗟に口にするある言葉だった。
「たす…けて……」
(おねえちゃん)
「――――っと。いきなり脱力するってよっぽどやで! それに酷い熱や。シエナ、心紬を今すぐ呼び戻し!!」
「善処します」
すんでのところで支えに走った彼女の姿は正しく妹を思う姉そのものだった。
しかし次の瞬間、従者であるシエナに見せたのは主君としての威厳ある姿であり、そんな主君たっての希望により、この場で猫を招集すると見る者が見ればその意味が一目で判る緊急招集のマークを刺繍しシエナは速達を出す。
その一方で、体内に循環する血液がものすごい勢いで正面衝突し、脳内で混ざり合った衝撃で意識を失った少女は新たに生成されたある映像を脳内で見ていた。
少女が目にしたその光景はまるで第三者に憑依したかのような、これまで自信が見てきた景色とは明らかに異なる視覚情報だった。
鏡もない今の状況では自身が今見ている光景が誰が目にしていたものなのか分からない。
だがこの被憑依者こそ、今回輸血された血液の提供者なのだろうことを直感した少女は皮肉にも手元にありながら確証を得られないその答えに固執せず、早々に見切りをつけて放棄すると、次は一つの見落としも許さないという気構えが伺える気の入れようで視覚情報に全神経を注ぐと早くも違和感に直面する。
(あれっ、私の目ってこんなのだっけ? 白と黒、それから灰色だけの世界なんてまるでこの世じゃないみたい)




