第六章6話『白道渡行』
両者相打ちとなったことによって、招集され集った猫は隊列を成すに至る重要な司令塔を失った。
本来、猫の気質として、人間のように独自の判断で群れを成したり集団行動を取るような種族ではない。
故に時間経過とともに続々と散開し始める和猫たちに仲間意識は微塵も感じられなかった。
最初に動き出した一匹を皮切りにこの場を離れる猫たちは刻一刻とその数を増やし、動く歩道ことキャットを作るにあたって必要不可欠な最低個体数にまもなく差し掛かるといった切迫した場面でようやく事態は動き出す。
「にゃお! にゃ~お!!」
「にゃお? にゃーがお」
一匹の子猫の鳴き声で今にもこの場を去ろうとしていた和猫はその足を止め、鳴き声を返す。
この時、強調性皆無の猫を呼び止めた子猫の正体は今も大木に凭れて気を失っている露零の愛猫ましろんだった。
猫語なため人間にその内容は分からないが、体格差に一切怯むことなく食って掛かるましろんはその後も複数の声色の鳴き声を使い分けることで説得を試みると、子猫の必死な訴えに感化されたのか一度は去って行った猫たちももう一度この場に集結し始める。
主君を守りたい一心で行われたうら若き子猫による大演説。
その演説内容とは今、この場にいる全和猫に通ずる「共通」の話題であり、そこから彼らの『共感性』を刺激すると大々的に今後の方向性を掲げ始める。
「にゃおにゃーお、にゃ~がお」
猫語で語られた「共通」の話題について、もう少し深堀するならばそれは彼ら猫に与えられた使命と言っても過言ではない。
猫と人間との橋渡し役を担う混血種シエナ、彼女の号令無しに猫が集団行動を取ることはあり得ない。
しかし、例えリアルタイムで彼女が指示を出せなくとも彼女のこれまでの行いが無に帰すというわけではない。
ましろんに限らず、この場にいる和猫にはそれぞれパートナーとして共に活躍する人間がいるのだ。
そんな仲間の芯を食った感情部分にたった一匹で訴えかけたましろんはあえて自身のビジネスパートナー、露零ではなく何かと接点の多いシエナを指差したり、頻繁に会話に織り交ぜて話すことでより多くの共感を得ることに成功する。
人と猫とを結び付ける斡旋役をも人知れず担うシエナの存在は偉大だ。
多かれ少なかれ彼女に恩義に感じている猫は数知れず、その知名度は生まれて落ちて数か月そこらの少女とは雲泥の差と言えるだろう。
クールビューティでダウナーなイメージそのままに、基本的に他とは距離を取りたがるシエナだが半身である猫の世界ではカリスマ的存在として人知れず注目の的となっていた。
ただ本人はそのことに全く気付いておらず、職務遂行する際もやたら聞き分けのいい猫が多いという程度の認識であり、勇気ある若猫の大演説によって再度集った大量の和猫の目的はある一点において合致する。
傍聴猫の心を鷲掴む大演説を行ったましろんに共感の意を示した和猫の面々は言い出した子猫を暫定的なリーダーに掲げると、水を司る伽耶の力が及んだ水質の水を長年摂取したことにより白変種と様変わりした和猫は誰に言われるでもなく自発的に白い道を作り始める。
その際、シエナを慕う猫の中でも特にその思いが強いリーダー格の数匹が率先して神輿を模してシエナを祭ると一部の人間による浅ましい愚行により、泣く泣く愛猫家と袖を分かたれた飼い猫たちも和解の印と言わんばかりに続く形で疑似神輿を作り、露零を祭り上げると藍凪へと移動を開始する。
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「う、う~ん。あぇ? ここって……」
「にゃ~お? グルゥ、シャァァァ――!!」
最後に倒れ、意識を失ってからどれくらいの時間が経過したのだろうか。
露零が目を覚ましたのは忘れもしない正真正銘の我が家藍凪の自室だった。
第二の我が家に身を寄せていた期間があったにもかかわらず部屋が綺麗なのを見るに、シエナ不在の間は主君である彼女が城内の家事に忙殺されていたのだろう。
横になっている自身の上にちょこんと乗っかっている愛猫ましろんは少女が上体を起こそうとすると勝手に飛び退き、かと思えば今度は障子に向かって鳴き声を上げると見知った人物が現れる。
「目が覚めたんですね。よかったです」
「心紬お姉ちゃん、なんで私、管に繋がれてるの?」
「……出血が酷かったので輸血しているんですよ」
そう、この時、少女は管に繋がれ輸血されていたのだ。
その真偽は不明、言葉全てを鵜呑みにするのはどうかと思うも知識がなければ追求しようにも深くはできない。
感動の再開もそこそこに、彼女の発言に嘘特有の違和感を覚えた少女は体内に入ってくる異物に並々ならない嫌悪感と拒絶感を示すと輸血が丁度し終わったタイミングだと気付くことなく管を引き抜き逃亡を図る。
「ちょっと、どこに行くんですか露零!」
(いくら離れてたって心紬お姉ちゃんかどうかくらいわかるよ! この様子じゃお姉ちゃんも……)




