第六章5話『化か試合』
時系列こそ異なれど、たぬき→きつね→ねこと遡ることの許された三世代だけで見ても、砦の間で脈々と受け継がれ、培われてきた化かし合い特化の世渡り、そして護身技術。
故に自身の発言に生じる責任に縛られることのないシエナは持てる全てを駆使して酸性人形を翻弄すると投げ入れられたドライアイスによって固体と液体の中間相となった人形の体内から露零の救出に成功する。
「けほっ! げほっ!!」
「大丈夫ですか?」
腕を引っ張り、胴体を押し出すために掴んでいた手はいつしか脱力した小さな身体を支えるために添えられていた。
あと一歩遅ければ間違いなく溺死していた少女を間一髪で救出したシエナは直前の勝負で全力を出すため、野生をむき出しにしたことで強調された母性本能を強く刺激されると次にその手で背中をさすり、未だ意識が朦朧としている少女を避難させられれば良かったのだが、それが叶わないと理解するや緊急措置として匿うため一度木の陰にその身を隠す。
だがその一方で、一瞬の虚を突かれたとはいえ一度は真っ向から対峙した酸性人形が視界に捉えた敵の姿を見失うことは決してなく、敵前逃亡という選択を取った何とも煮え切らない撤退戦に舵を切られたことに業を煮やしていた。
そんな彼の思いはふと手をついた拍子に大木を枯死させてしまうという無意識な行動で出力され、その一連を見ていなくとも生存本能が脅かされる感覚に襲われたシエナは身震いすると砦という与えられた役割を全うするべく立ち上がる。
「――――最終警告です。私れより先は一方通行、それでも来るというのなら容赦はしません。決着を付けましょうか」
守るという行動原理は時に人の限界値を大幅に引き上げる。
特に感情を奮うことに特化した、混血種という野性的な種族がどの國国でも例外なく就いている砦はその効果が顕著に現れ天職と言われるだけのことはある。
その時、気付けばいつしか足元に集っていた三匹の和猫がシエナを囲う形で等間隔に円を描き、次の瞬間、魚群と呼ぶにはほど遠いがシエナを中心に旋回する。
「互いに手駒は三体。疑似心臓もそう長くは持たない、こうなることは目に見えていた」
「そうですか」
両者が望んだ正真正銘、最後の一騎打ち。
だが忘れてはいけないのがこの二人は嘘を吐くという点だ。
まことしやかな発言をいちいち真に受けていては必要以上に神経をすり減らすことを重々承知している両者は話半分で聞き流しながら互いに出し抜く計画を練り上げる。
(この勝負は読み合いが勝敗に直結する。然らば――――)
(読みは経験値がなければ及ばない。初見を突くことこそが化かし合いの極意)
知略を巡らせた読み合い、騙し合いをこよなく愛した両者はそれぞれ異なる持論を展開すると先に動き出したシエナは旋回する猫三匹を差し向ける。
すると同タイミングで正三角形を描く形で予め配置された人形の名前を胸中で呟き、これからの自身の行いについて前もって懺悔する。
(マイア…エルト……ミューダ………すまない、お前たちの犠牲は決して無駄にはしない)
「ならばこちらも全身全霊、最高の布陣で迎え撃つ!!」
上位種である酸性人形の覚悟の一手によって人形は強制的に液体へと姿を変え、線状の水によって正三角形が出来上がるとその中に囚われたシエナを始めとする和猫三匹の動きは急激に鈍くなる。
本能から寄り付いてはいけない、曰く付きのフィールドに書き換えられたことを直感したシエナは水線の外側で待機する魚群ならぬ猫群に緊急招集をかけると彼女はそのままうねる荒波のような猫の群れを遠隔で操り酸性人形を標的として差し向ける。
(苦し紛れな、しかしそれすら俺の術中)
酸性人形の立てた作戦を言うなれば、それはカウンター狙いの必勝策だ。
自身の命令によって液体に姿を変えた人形の一部を防壁として利用すると酸性人形は自身の有害な肉体の一部を流し込む。
しかしシエナの真の狙いは彼の思惑を凌駕し、キャットウォークによって逆転への道が開かれると酸性の水壁に飛び込む勢いで迫る猫と寸前のところで入れ替わり、けたたましい爆発音と共に強襲を仕掛ける。
「……っ、お前!!」
この直前、シエナは利き手で作った握り拳を反対の手のひらに突出した肉球に勢いよく打ち付けていた。
よって、人間換算での威力を誇る猫パンチの衝撃を肉球に蓄えた彼女はその衝撃を展開された水壁へと向けて解放する。
解き放たれた衝撃波は展開された水壁を貫通し、その奥にいる酸性人形の身体をも消し飛ばすと同時に、今もなお続く負った火傷の痛みにシエナの意識もその場で飛ぶ。




