第六章3話『オッドアイ』
場面は変わり、水鏡國外では現在、露零を始めとするBARに住まう第二の家族メンバーの三人が別行動ではあるが、異変を察知し地上に姿を現していた。
彼ら彼女らはそれぞれ國を目指して散開すると、視界に入る人形から無辜の民を救出して回るとこれ以上の被害拡大を防いでいく。
「それじゃあ私は荒寥に向かうわぁ。間微は風月、露零は水鏡に行ってあげてくれるかしらぁ?」
(――――こくり)
「うん!」
意気揚々と気合の入った反応を返した里子の二人。
その時、絶賛ヒューマンハント中の死神ごっこ場面を目の当たりにしたことで露零は背中に背負った弓を手に、間微は今でこそ引退して鳴りを潜めているが、男性時代はバリバリの武闘派だった里から受けた手ほどきがどこまで通用するのか試すべく、構えを取るとその拳に蒼炎を纏わせる。
――――ドシュ。
息ピッタリの完璧なコンビネーションにより、殴打音と貫通音が混ざったような音が一度に鳴り響く。
すると有象無象の人形一体に対し、格上二人によるそのオーバーキルっぷりは人形が再生するに至る液状化すら跡形もなく蒸発させていた。
その様子を腹の内を悟らせない穏やかな表情で観察していた里はある二つの事柄を天秤にかけるとその結果、導き出した自身の方針を二人に説明する。
「もうダメだと思った。ありがとう…ありがとう……!」
「気にしないで、無事でよかった。そういえばあなたはどこの國の人なの? 私たちが送ってあげる」
「その前にちょっといいかしらぁ? 雨さえ降れば人形は増産可能なのよぉ、だからその場凌ぎだけで十分時間は稼げるわぁ」
別れる間際、話を遮ってまで最大効率を重視した撃退方針を共有した里は救出した無辜の民が荒寥に住まう者だと知ると自身が責任を持って連れ帰すと言い、身軽な二人には先に向かうよう言って送り出す。
すると目にも止まらぬ早さでお互い逆方向に飛び出していった二人の様子に逞しさを感じ、自身も負けてはいられないと静かに意気込むと心室に居住む鬼火を呼び出し警戒態勢を強めていく。
「ねえさん、さっきの二人は噂の里子ですか? 俺のことはいいですから親としてあの子たちに付いてやってください」
「あの子たちがそれを望んでないわぁ。それより今は貴方を守らせてちょうだい」
度胸と愛嬌を兼ね備えた男性婦人は砕けた口調から成る巧みな話術で相手の懐に飛び込むと好青年の心を鷲掴みにする。
その様子を遠隔で眺めていたヒューマンハントを決行した三人のうち、地上に舞い降りた二人は里子、里親ファミリーが魅せる和やかムードに虫唾が走ると、少女らを指して湧いた虫と形容すると腸を煮えくり返すことで一掃するべく新たな刺客を送り込むための準備を開始する。
一方その頃、ばらけた三者はそれぞれ無辜の民に襲い掛かる絶賛ヒューマンハント中の人形に原形を留めていられない程のダメージを与えると、どういうわけか國を飛び出して逃げ惑う國民を進路上にいる者に限り救出しつつ目的地へと向かっていた。
しかし救出者が増えるほどに無事に送り届けるという責務は重圧を増し、肉眼で見える逃げ惑う者には「こっち!!」と被害者総出で呼び掛けると露零は矢を召喚し人形目掛けて打ち放つ。
そうして付近にいる最後の一体を穿った少女は遠視を用いて水鏡との距離を測るとあとほんの数百メートルというところまで来ていることを知る。
視力のいい者ならば肉眼でも辛うじて見えなくもないあともう少しという距離なだけに緊張の糸が緩んだ瞬間、上空から勢いよく降ってきた酸性雨をベースに作られた人形の上位種は一本木を腐食させ、そのまま地面に降り立つと目的地を前にしたことで希望に胸を躍らせる水鏡民の前に立ちはだかる。
並の人形が相手ならば苦戦を強いられることなどまず無い。
実際にこれまで苦戦という苦戦はなく、だからこそ今回の相対者は相手が悪いと言わざるを得ない。
その相手は人形の中でも更に上位に位置する酸性雨から生み出された存在だ。
触れようものなら即お陀仏なだけに有効打が見つからず、氷結効果のある弓矢を打ち放つも以前に手合わせをした時から体質変化でもしたのか、貫通以前に腐食したことで以前なら通用した氷結すら機能せず、窮地に立たされた少女は防戦を強いられる。
繋ぎ合わせた矢の束を羽衣のように扱い攻撃を防ぎつつ敵を凍らせる攻防一体の技絵巻羽氷も同様の理由で攻撃を受け触れた傍から溶解され、運悪く溶解液が利き肩に滴り落ちると少女は絶叫し、見守る水鏡民の表情は見るも無残な惨状を前に絶望に染まる。
その時、どこからともなく無数の猫が現れると猫たちが作り出した動く歩道、通称キャットウォークが露零を含む水鏡民を故郷に連れ戻すと残った一匹の毛並みの整った綺麗な和猫が人型へと姿を変化させ、少女と入れ替わる形で酸性雨から誕生した敵と対峙する。
「――――あなた達…やってくれましたね。私の目が黒いうちはこれ以上の狼藉を許しません。ここから先は私が相手をします」




