第六章2話『和解』
目の当たりにした種族の垣根を超えた絆と同胞の寛容さに気付けば絆され、被害者側代表という立場を逆手に取られたことで最前線の防衛を任された形となったシエナはケモ手グローブを装着するとまるで命のやり取りをしているとは思えない、見る者を魅了するしなやかなで軽快な身のこなしで人形を次々と無力化する。
「きれ~い、思わず見惚れちゃう♪」
「國長の専属芸者は多彩だと評判は聞いていたが戦闘でさえも流麗なダンス、余興にしてしまうのか」
「一國民には一生かかってもお披露目されない人間國宝のみわ――――ザッ!!」
抹消された記憶に関連するワードを口にしたことで水鏡國民の脳裏にある光景が過る。
その光景とは水鏡で唯一色を持つ赤神様と敬称されている生物金魚が巨躯なだけで理性の欠片もないシルエット姿の化け猫に食い荒らされてるという見るも無残な光景だった。
「な…んだ、これ?」
「…………!!」
先輩が命を賭して隠蔽してくれた黒歴史の扉がひょんなことからこじ開けられそうになったことを人並み外れた聴覚と肌感覚で瞬時に察知し、絶望に染まるシエナはこの時すでに視界に入る人形の全てを制圧し終えていた。
目にも止まらぬ早業、抜き足でサイレントステップを踏んだ彼女は最後にピリオドを打つように地面に触れた手のひらの肉球から大衝撃を放つと液状化した人形の形状記憶が即座に働かないよう四方八方に吹き飛ばす。
するとその時、遅れて現着した伽耶は訳あって職務放棄中の元従者がいる光景に驚きつつも、惨状から一瞬で状況を理解すると迫る魔の手が根幹部分に手を掛けているという危険な状況に彼女は思わず水を差す。
「――――それはあんたらの考えることやないで。けど強いて言うたらそうやなぁ」
「その必要はないですよ。却って弁明がややこしくなりますし伽耶様にこれ以上、嘘を重ねさせるわけにはいきませんから」
(ちょいちょい、そこはウチの顔立ててーや)
「?」
シエナの半身が広い括りで類似した四足獣なのをいいことに、伽耶は似たビジュアルである魔獣ということで納得させようと試みると引き続き國民を騙す汚れ役を自らが引き受けるつもりでいた。
……のだが考えが変わったのか、何か思うところがある様子のシエナに話を遮られてしまう。
そのまま彼女は水鏡の民が信じて止まない今ある記憶は仮初であるとにわかには信じ難い、衝撃的なカミングアウトをするといつにない覚悟を決めた熱のこもった表情を見せ、固唾を飲んで彼女が口を開くのを今か今かと心待ちにする國民に真正面から向き合う。
「あなた達が崇め奉る赤神様。ですが私にとっては食の対象でしかなく、かつての私は知らず知らずのうちに重罪を犯していました。その結果、伽耶様に引き渡された私は彼女の計らいで水鏡に身を捧げるという責務が与えられました」
話す必要性はともかく、國民達が自身の行いを顧みている今が最も効果的なタイミングなのはそうだろう。
だが一歩間違えれば側近だった従者が命を賭して改ざんしたという行為自体…いや、彼女の生き様、ひいてはその存在そのものに対する冒涜となってしまいかねないだけに、頭では成り行きを見守るつもりでいてもその胸中は決して穏やかではない伽耶。
過保護だとは理解しつつも瓦解するリスクの方が遥かに高いハイリスクローリターンなだけにその一挙手一投足に注視し、一喜一憂する彼女は口を出すタイミングを完全に見失っていた。
「そんな私に貴方がたのことをとやかく言う資格はありません。私の今後も…………」
かける言葉一つで今後の在り方が大きく変わるだけに慎重となり思わず顔を見合わせる無辜の民。
時間にしてはほんの数秒だがそんな沈黙をとても言葉では言い表せないほど苦痛に感じ、完全に熱の冷めきったシエナの視線はどんどん下がっていく。
その一方で話が纏まった無辜の民数名はいつしかそっぽを向き、俯いていたダウナー系のシエナが反論できないよう、一分の隙もなく事実陳列する。
「そんなの関係ない、だって私たちを助けてくれたのは事実でしょ? 助けてくれてありがとう」
その時、あるワードから自身も居合わせた当時の光景とリンクしたことで記憶だけがタイムスリップする伽耶。
実態のない部外者として、当時の記憶をただ静かに眺める彼女はふと立ち上がり近付いてくる今は亡き従者の姿に困惑するも、馴れ馴れしく肩を組まれたかと思いきや払い除けようと手が振れたことで光の玉となって弾け飛び、彼女を取り囲むように散らばった光の玉は包容力となって彼女を優しく包み込む。
(心配しなくても大丈夫よ)




