第六章1話『ヒューマンハント』
――――それは空がまるで晴れ着を着用した姿のような、雲一つない快晴な空模様の日の出来事だった。
あれから数日が経過した今、新たなる脅威、理論上死という概念の存在しない「PCM素材」と『形状記憶』の特性を併せ持った存在である人形が、意識がないながらもまるでゾンビのように明らかな敵意を持って人間に襲い掛かっていた。
統率する者はいるが彼ら人形には決まった生息地がある。
まずは内層から順に野良、滅者連合軍が新たに構えた国、禍都。
次に中層に三つの國を地上に、上空と地下にそれぞれ一つの國構える力を生まれ持った我らが古代樹から誕生した者達が暮らす人間社会。
最後に外層で暮らしているのが話題の中心である人形、そしてその生みの親である神と称される一族の一部だ。
この三層構造から成る人間界で、突如として内層へと進行を開始した人形の群れの被害を最初に被ったのは中層で、五つのうち地上に構えた三國で慎ましく平穏に暮らしていた無辜の民だった。
思わぬ人災に見舞われた無辜の民は國に留まり、はたまた國を飛び出し縦横無尽に逃げ惑うも個体によってその襲撃方法は全く異なり、異変に気付いた各國の長、そしてその従者が事態の鎮圧に動き出す。
一方その頃、荒寥だけは二つの巨大な山が聳え立っているというその特殊な地形もあって少々トップ陣の状況が異なり、仕事をしながらバックヤードで主君の介護を行うという二足の草鞋を履いていた酒場のオーナーは思わぬ来客に、かつてこの國でその悪名を轟かせた悪ガキ三人組を当時の姿で想起する。
「カシュア、それにオヌがなんでここに…?!」
「まぁ、今の情勢を思えば警戒するのも無理ねぇが…今日は何も喧嘩を吹っ掛けに来たわけじゃねぇよ。それよりなんだその姿は情けねぇ。俺と姉貴、そしてテメェがいりゃあメコ一人ぐらいシメるのはわけねぇはずだ」
「全くの体たらくじゃ、お主も地の底まで落ちたものよのう」
「……あたしは従者をこの手に掛けたんだ。もう頭張るに値しねぇよ」
敵の術中にまんまとはまり、記憶喪失だった短期間に自らの手で従者を殺めてしまったことが余程堪えたのだろう。
それこそ精神疾患が発症してしまうくらいには――――。
まるで以前の面影が感じられないくらい憔悴しきった、惚れた女の弱弱しい発言にいたたまれなくなってしまった従者にして酒場のオーナーは経過報告はするからこの場は何とか引き下がるよう二人を説得し、突然押し掛けたことを詫びると二人はやり場のない苛立ちを抱え、釈然としない様子のまま酒場を後にする。
「伝達石で逐一状況は伝える。今日はもう帰ってくれ」
「わかったからそうガミガミ言うな。邪魔したな」
そんな下界の様子を屋内モニターから一人、高みの見物で眺めていた初代天爛然。
いや、正確には初代天爛然という肩書からこの世界、有為そのものに神として認められたことで種族の垣根をも超越した女性は命のやり取り、そして彼らの生き様が如実に反映されたノンフィクションのライブ映像に大変興味を示しながら本作戦名を命名すると目的も添えて口にする。
「万物の申し子。神たる私の干渉の悉くを遮断し、閉め出すだけの力を有していた邪魔者は排斥された。ふふっ、地上を統べるにあたって、敵意むき出しな狂犬はヒューマンハントで族滅させるとしましょうか」
半端に創造神紛いなことができてしまったがために、自身の産物に対する愛着心が彼女はとても希薄だった。
それこそ自身が生む出すものは生命であるにもかかわらず、その扱いは物に対するものと言っても過言ではない。
故に手元に置いている産物であっても全幅の信頼を置くといった考えが彼女にはなく、面白みのなくなる頃合いを見極めて建物から出ると一服し、戻ってくると状況が動き出していたことに彼女の視線は再びモニターに釘付けとなる。
逃げ惑う人間を無常にも襲う悍ましく惨たらしい人形の集団。
襲い迫る脅威を目の当たりにしたことでどの國の民も、次第にその心は一体化するなり、口々にかつて自身らの行いで迫害した者の名を藁にも縋る思いで呼び叫ぶ。
「砦にしたことが俺達に返ってきたんだ…。許してくれなんてとても言えない、それでも俺達にもう一度だけチャンスをくれないか? 助けてくれ!!」
荒々しく燃え滾る炎の如く思いの籠った謝罪の言葉。
次第にその声は伝播し、三國の住民が共通して抱く反省の感情を結び付けて循環する新風となると被害者代表である砦の耳にも確かに届く。
そんな彼らの懺悔を一言一句聞き逃さないよう、また、本質を聞き分けようと傾聴していた砦の四人は全神経を注ぐために瞳を閉じると、同時にその間の犠牲には目を瞑るつもりでいた。
しかし長年人に飼い慣らされたペットは言葉こそ発せないものの、ご主人様が命の危機に瀕している状態にもかかわらず砦のそんな静観主義を決して許しはしなかった。
――――むにゅ!
水鏡國内に突如として現れた無数の猫が襲撃を受ける人間を庇う形で駆け抜けたかと思えばその中に紛れ込んでいたシエナが人間形体に戻り、見事な手のひらアッパーを決め人形が原型を維持できない程の大ダメージを与える。
「……っ、シエナさん!!」
「――――全く、この猫たちに感謝してください。キャットウォークで和解の花道をされ、私が介入せざるを得ない状況を作られたんですから」




