第五章50話『宣戦布告』
BARを後にした新月御影はVIP会員となる代わりに請け負った住み込みの仕事先、未知の領域に戻る前に故郷方面に足を向けてその歩みを進めていた。
理由は簡単、故郷の國、風月に身を寄せる、従属関係にある天才詩人を自身の権限で借り出すことで敵対関係にある滅者に対する保険、そして切り札とするためだ。
「紫翠は死角が多くて都合がいい」
閃光銃を使って影を生み出す必要がないことに、彼は一寸先は闇とでも言わんばかりの真っ暗闇な一本道の通路をあえて選択すると影に溶け込み最短ルートで故郷へと急ぐ。
そのまま直通で自身が根城とする夜霧の前に到着するとまるで水中から飛びあがる魚のように浮上し実体へと戻る。
そして鍵の役割を果たす面を手元に引き寄せるとそのまま顔に装着し、暫くぶりの帰城を空気感から作法に至るまで余すことなく全身で感じ取る。
「――――懐かしの故郷だ。ミストラ、近況を申せ。兎も一匹俺に貸し出せ、脱兎で南風を招集したい」
「……」
しばらく顔を出していなかったからか、無反応という静寂を切り裂く風音で思い出したように砦の不在を実感する御影。
そのまま手元に呼び寄せたお面を装着すると、つい今しがた不在と判断した城内から城壁扉が倒れ出てくる。
「……っ! お前??!」
携えた中に反射的に手を掛ける御影。
仮にも一國の二番手という立場にある従者の半身種族なのだから最低限の教養は受けている。
声帯はなく鳴き声こそしないが、押し倒された城門扉からひょこっと外を覗くのは二足歩行の兎だった。
その個体は紛れもない御影専属のペットとも呼べる長年苦楽を共にした家族同然の存在であり、予想だにしていなかった偶然の再会に通常サイズに戻り駆け寄るうさぎを屈んで全身で抱きしめる。
「あん、お前なのか?」
愛用する『精神安定剤』と自身を象徴する影に関連するワード『暗』を掛けたダブルミーニングで名付けた愛兎。
その更に奥からは探し人である南風詩音も現れ、彼女は出てくるや否や敷地内の掃除ついでに城内の一部屋を書斎として借り、作詩活動に明け暮れていたと説明する。
「環境を変えて行き詰まりが解消されるならより循環が促進されるというもの。故にとがめる必要はなし、むしろそれだけの影響力を潰す方が俺としては我慢ならない」
「別に皮肉を言ってるんじゃないでござるよ。努力は労力、傍目評価が全てでござるし少なくとも拙者は――」
続く言葉を遮るように、耳をピクピクと動かし空気の揺らぎをいち早く察知した兎は突如、抱きかかえる腕から飛び降りるとそのまま巨大化して二人を隔てる壁となる。
まるで草食動物とは思えない、闘争心漲る向けられた赤い果実のような、無機質でつぶらな瞳に思わず息と同時に言葉を飲んだ南風はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「話がある、これから滅者と話し合いの場を設ける。といっても一方的にだが、そこにお前も同席してもらいたい」
「拙者もでござるか??」
「南風にしか頼めないんだ」
危険も危険、そんなことは百も承知で切り出す御影。
古株な砦に目を掛けられていただけあって、その実力は折り紙付きなのだが御影自身もまた、その目で見た上で彼女のことを高く買っていたのだ。
そしてそれはセルフフィルターと言わんばかりに彼の愛兎に遮られてしまったが南風としても同じであり、後継者候補時代からその並々ならない努力を目の当たりにしてきた彼女は服薬効果が完全に切れた素面の状態で頼み込んできていることに、本心だと理解すると彼の頼みを快諾する。
「死んでもお前を守り切る。頼む」
――――つもりが、ほんの僅かな一瞬の間に耐えかねた御影は続けて安心材料、そして自身の決意を彼女の返事を待たずして並べ立てる。
すると彼女は堅苦しいのは無しに、型にはまらないアウトローな自由奔放さでふざけ倒して見せると従属関係など何のそのな、全く意に介さない様子で軽口を言って退ける。
「それじゃあお言葉に甘えて守ってもらおうでござるかな。な~んてねでござる、御影殿の誘いを断るつもりなんて最初っから無いでござるよ」
「恩に着る」
「それで露零殿の様子はどうだったでござるか? あね殿のところに行って来たんでござるよね?」
「……より逞しくなっていた。いい相棒にも巡り合わせたようだしな」
その後、留守番を愛兎に任せた二人は本来の目的地である未知の領域に向け出立する。
そうして御影にとっては戻ってきた、南風にとっては二度目となる未知の領域に到着すると、店外でのやり取りの際に里から聞いた、別行動しているはずの滅者四人がメコと見覚えのないもう一人の男性に惨敗し、首根っこを掴み、持ち上げながらこちらを覗くその姿に現碧爛然は前任者と初めて対峙して以来の尋常ならざる恐怖を覚える。
「下界ってのは空気が淀んでんのな。これから俺達が巻き起こす神風を時代に、その身に嫌というほど刻んでやる。第二の神話を始めようか」




