第五章48話『涙腺の緒』
「あっ! 里さ~ん! それから御影君も!!」
「せっかくだからちょっと寄ってもらうことにしたのよぉ、ちゃちゃっと蕎麦作っちゃうわねぇ」
そう言ってVIPな来客を丁寧にカウンター席へ案内するとそのままキッチンへと向かう里は料理最中、外で御影と会話したことについて考えていた。
その内容とは現碧爛然である新月御影が持ち込んできた前任者の置き土産である五冊の預言書について。
うち一冊は里子である間微をピンポイントで指していて、里親として本人には伝えないよう配慮した打ち合わせを思い出す。
「お待ちどうさま、食べてる間に向こうの話を纏めさせてくるから気にせずゆっくり過ごしていいわよぉ」
「俺は特段急いでいない。ただ――――」
――――ズズッ。
好物に勝る良薬は無しと言わんばかりに提供された蕎麦をすすり始めた御影はその勢いで喉元まで出かかっていた言葉も一緒に飲み込んでしまう。
その間に里は同じ屋根の下で楽しく談笑しているもう一組の元に歩み寄っていくとどの程度話が進んだのか主君に尋ねる。
「ねぇ石斛ぅ、あれから話は纏まったのかしらぁ?」
「僕としては望みをなんでも一つ叶えてあげようと思うんだけどどうかな小苗たち?」
「じゃあ今はないからそれは取っとくね」
提示された提案を否定はせず、持ち越すことで決着した話し合い。
するとたとえ本人に用件があったにしてもわざわざご足労頂いたという事実に心ばかりのサービスでテイクアウト用のスタンドパウチに入った栄養剤、通称栄ドリと呼ばれるものを無料で数個提供する。
「人手のことは承ったわぁ。ちょっとしたアイデアも別枠でいくつか上がってるのよぉ、任せておいて」
「こんなにもらって悪いね、というわけだから早急に派遣してくれるとありがたい」
アイデアといったタイミングで露零に目配せをする茶目っ気溢れる里。
その様子に気付いた露零は気を利かせて彼女にとっての主君が退店するまで待った後に言及する。
「ねぇ、さっきの話ってもしかしてお姉ちゃんが?」
「あらぁ~♪ 目に見える成長って嬉しいものねぇ。ふふっ、実はそうなのよぉ」
色々な要素によって子宝に恵まれず、何年も切望し続けてようやっと本人の意思で来てくれた待望の里子が二人いる。
うちの一人である露零には連絡の取れる生みの親、藍爛然がいていつでも帰郷できる状態だがそれでも里子に変わりはない。
そんな子供たちと家族一丸となって店を切り盛りしたりだとか幸せな家庭を築き始めた里は念願だった里親ライフを謳歌しながら上機嫌で少女の成長をべた褒めする。
「露零に危害が及んでしまった一連は実母(ふたり
)にも話したわぁ。そしたら塩害を出さずに城内に水を引く方法が確立されているらしくて、我が子第一に何の見返りも求めず提供してくれることになったのよぉ」
「お姉ちゃん、そんなことしてくれてたんだ…」
顔も知らないとまではいかないがほとんど何の関わりもない天爛然。
次に涙という一種のへその緒のような繋がりがあり、生みの親とも言える藍爛然。
最後に親元を離れた上記二人の子を里子という形で面倒を見ている男性婦人。
他に類を見ない、歪な関係性ではあるがこの三人を親に持つ少女は彼女たちが常時連絡をまめにとり、自身を気遣ってくれていることに当の本人はまだ気付いていなかった。
その一方で里は今は亡き、正確には二児の母である天爛然と敵対関係である滅者が一人を結び付けた際に彼女が残した遺言が脳裏を過っていた。
「――――い、おい!!」
とっくの前に完食しているのも関わらず、声を掛けないでいてくれたのは彼なりの配慮だろうか?
ただ単に影の力を有するがゆえに引っ張られた日陰者という、性格から来る無口さで言いたくても言えずに葛藤していただけなのかもしれないが、呼ばれたことでふと現実に引き戻された里は里子二人を連れて移動する。
そして自身は天かす、ネギ、つゆまで残さず完食された食器を下げると差さないようにと軽く水に浸すに留めて自身は再び戻って来る。
「いいわよぉ、それじゃあ改めて話してくれるかしらぁ?」
この時、二人は第三者には気付かれない程度にアイコンタクトを送っていた。
それは外で話した際の打ち合わせを意味しており、アイコンタクトという名の注意喚起に失言しないよう細心の注意を払う現碧爛然は前任者が遺品として残した五冊の預言書、その全容がついに判明したのだと話を切り出す。




