第五章46話『ロスターファウター』
井の中の蛙が必ずしも大海を知らぬとは限らない。
どれだけ取るに足らない存在だろうと発見時点で井の中にいようとその出自が発見地点とは限らず、水鏡という水源に生まれ、國巡りという名目で大海を知った露零は慢心など万に一つもしていなかった。
だがそれは地空としても同様で、彼は次々と凍らされていく部屋の数々に感知できない煩わしさを感じると「再建」と『加減』との労力を天秤にかけた結果、凍り付いた部屋の全てに天井を落とすことで一気に片を付けようと考える。
「敵の妹が収まらないなら別にそれでも構わないよ? 僕としては深の力に昇華するし敵に塩を送りたいなら続けるといい」
――――パチン!
木の根に変えた下半身が足場を強く鞭打つと凍り付いた部屋の真上だけをピンポイントで狙い崩落させる。
いや、この城、石斛の構造を思えばそれができて当然なのだが。
というのもこの城の骨組みは木の根であり、その隙間部分に粘土状の土を塗り込むことで平面を造り居住できる城として成り立たせている。
故に変幻自在、まさに胃の中と表現するに相応しい最適な環境に彼は勝利を確信する。
「凍った部屋はこれで全部潰した。君は部下を連れ戻してくれなかった。それどころか唆されるまま敵に加担し、あまつさえ探りを入れてくるなんて見損なったよ」
「――同時じゃなくて助かった。やっと会えたね地空さん、力ずくでも話を聞いてもらうから覚悟して!」
崩落した天井から時間差で飛び出てきた露零は後ろに飛び退くザリガニのように、攻撃直後で注意が薄まった部屋に隙を見て飛び込むと連鎖崩落が収まるまで息を潜めてやり過ごしていた。
ようやく叶った念願の対面にこれからが本番だとより一層意気込む少女はむき出しになった木の根を足場に距離を取るとすかさず弓矢を構える。
直後、うねる木の根に体制を崩されるも体制に縛られない矢折りで足元を氷結させると今度は召喚術に鬼火を掛け合わせた蒼炎の矢を打ち放つ。
すると地空は土壁を生成することで露零の攻撃を防ぎ、同時に対面から種子を投げ埋め込むと急成長した無数の蔦が土壁から一斉に姿を現し少女を襲う。
(――ここじゃ逃げ場がない?!!)
「それならっ! 絵巻羽氷!!」
巻物を模した、交互に組まれた無数の矢の束をまるで羽衣のように広げることで攻撃を真正面から受ける露零。
本来であれば接触物を凍らせる性質を持つ代物なのだがそれも圧倒的な物量の前には効果が薄く、ならばと心室に住まわせた鬼火を伝達させることで発火させると燃え移ったことで一気に引火し蔦は一瞬で焼失する。
「けほっ! げほっ!!」
「僕にあって君にないもの、それは耐性。忍耐力もさることながら時に種族は性別よりも垣根が高くなる。さっきの蔦もそうだけどヤマウルシの用意までは流石に想定できなかったかな?」
前兆など何もなかったが突如、激しく咳き込み呼吸困難に陥る露零。
それは相対する地空の策略であり、彼の術中にまんまと嵌ってしまった少女はダメ元だが緊急避難措置として、防御形態を取ると等身大以上の巨大な氷塊を自身を中心に生成する。
しかしそれも長くは続かず、今の少女は潜水状態と同様の状況にあり解放されるには内在する鬼火に頼るより他ない。
故に内部から体温を上げる少女は表面の氷を氷解させるが同時に意図していないものにも作用していることに仮死状態にある本人は気付いていなかった。
「残念だけどその形態も観測済みだよ。最も無防備になるのは解氷直後、最後にカウントダウンでもするかい?」
「……」
温度上昇によって溶け、滴る水滴がまるでししおどしのようにテンカウントを刻む。
安らぎすら覚える勝利の福音に聞き入っていると、少女が今立っている足元の木の根も同時に燃えていることに彼は完全氷解と同時に気付く。
この時、二人が今いる最上階にはヤマウルシから発せられる有毒ガスがフロア中を充満していた。
知ってか知らずか不明だがそんなことは大した問題ではない。
これだけの実力差がありながら単騎でここまで善戦し、階下へと続く緊急脱出通路を確保していた少女に甚く感服した藤爛然はそのまま少女が城外に脱出したことを視認すると勝敗を少女の城外負けと互いの顔を立てこの戦いは幕を閉じる。
そして久方ぶりのスリルある運動にすっかり毒素の抜け落ちた藤爛然は今後の再建のことを思い、下半身を人体に戻して城を完全崩落させると必死に食らいついてきた少女に最大限の賞賛を送り、自身が先に折れ情報開示することで和解を図る。
「いやぁ、見事お見事。思うところがあるのは事実だけどそれはこの際どうだっていい」
「それってあの子のこと?」
「そう。でもまぁ従者を名乗るのに箔は付いたんじゃない? お詫びと言っては何だけど紛失者への攻撃は止めるし必要なら拾得者についても提供するよ」




