第五章45話『水平交戦』
初代天爛然の思考がそのまま書き出されたメモには今は消失してしまった零から一を生み出す力、失幸の祈りによって生み出されたサブウェポンの名称が記されていた。
降りかかる不幸を指定こそできないが、自身にその不幸が降りかかることがないのをいいことにこれまでいくつもの願望を大小問わず奔放に願い、叶えてきた彼女は箇条書きで書き出された受け入れ難い事実に絶望し、視力が失われたと錯覚するほど酷い目眩に襲われるとそのままその場に膝を折る。
・夢現投影
・世界同期
・森羅万唱
これに加えて失幸の祈りが以前までの彼女の制圧力だった。
他三つが霞んで見える一強構成だっただけにその要を持って行かれたダメージは計り知れず、彼女はこれまで生きてきた途方もない期間、趣味である家具及びインテリ品に強く物欲が働いていたことを内心嘆く。
生まれてこのかた欲しいままに全てを手にしてきた彼女は当然挫折など味わったこともなく、他人に負債を押し付けて得た贅を貪った報いを今この瞬間に二つの意味で受けていた。
「あぁ、たったこれだけしかないだなんて。いえ、神隠しを予想しろという方が無理な話だわ。私のせいなんかじゃないわよ決して」
(――――ってのが実母の本心か。加害者ですら他人の親になれるんなら世も末だな全く、夢儚く蹴散らすことで過去を清算する。それでチャラにしてやるよ)
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一方その頃、第二の我が家を巻き込むまいと一人BARを後にした露零は現在、目的の人物、藤爛然が根城とし所有する石斛の城の前まで来ていた。
道中、彼が國中に張り巡らせた監視の芽に捕捉されたことで何度か攻撃を受けはしたが無事無傷で到着した少女は深く深呼吸すると過去に潜入した際の記憶を辿る。
(前に入ったときは暗い中、絶対に見つかっちゃいけなくて…それに木の根っこがうねみたいになっててまるでお化け屋敷みたいですごく怖かったの)
「――でも今は違う。力を貸して藍爛然」
冷気を帯びた空色の矢を具現化した露零は覚悟を決めると鍵の役割を果たす絡まった蔦を壊すべく力任せに折り真っ二つにする。
すると矢を中心に全方位に冷気が吹き広がり、城門に絡まった蔦は冷気によって凍り付くとやがて崩れ落ちる。
そうして自身の確固たる意思を見せつけると遠隔でその様子を見ていた藤爛然は自身の治める國民の種族植物人間に相当、あるいはそれ以上の青天井な成長速度に興味を示すとライバルの片割れという珍獣を目の届かない場所で処すのは惜しい、直接手を下そうと考え直すと木の根に変えた下半身を器用に使って屋内へと続く扉を開くと自身は迎撃準備を開始する。
「――――話すことなんて何もないけど入ってきなよ。君のお姉さんと肩を並べるその実力、決して消えることのない悩みの種を植え付けててあげるからさ」
今引き返せば以前の関係性を維持できただろうか。
しかしそれでは何も解決しないどころか先送りは却って問題解決を遠のかせる。
監視の芽から聞こえた地空の言葉に従って城内へと入っていくと、土壌問題で気を病んでいた期間の潜入とは異なり中には無数の罠が張り巡らせられていた。
(前に来た時は気付かなかったけどこのお城、土造りの建物なんだ。足元は植物、天井は土ってことはむやみに鬼火は使えない)
露零は彼の戦闘スタイルを過去にその目にしている。
故に植物人間である藤爛然は草木と大地と他に類を見ない二つの力を駆使して戦闘を行うということも知っており、少女の懸念は大地で密閉空間を作り出されることにあった。
それは一重に彼の存在が御爛然の中でも特異で唯一無二だということの証明でもあり、彼は木の根に変えた下半身から伸びる根で地面を軽く鞭打つと浅はかにも胃の中に飛び込んできた蛙に先制攻撃を仕掛ける。
「姉に柔と剛を習わなかったの? 寒暖、どちらでも逆手にとって制圧する本物を見せてあげるよ」
(きたっ!! でもこれ――)
優位に立つ人間はその運びを円滑にするため誘導することもあるだろう。
だがその出生もあり、単調な攻撃から敷かれたレールを感じ取った少女は会敵することが先決だと合理的な判断で逃げに徹すると体力の無さをカバーするように部屋数の多さと広さを逆用した「逃げ」と『隠れ』を交互に繰り返すことで体力の温存を図る。
「地空さんって凍った場所には芽を生やせないし土の攻撃も出来ないんでしょ?」
「……それが何? 追い出せば解決する話でしょ?」
「ならこれはどう?!」
監視の芽を封じようと蔓、蔦と一方の力だけで多彩な攻撃を魅せるまだまだ余裕ある藤爛然。
そんな彼に正攻法では勝てないと悟った露零は複数の矢を具現化させるとその本数だけ打ち放ち、今度は攪乱目的で自身のいない部屋も凍らせ始める。




