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御爛然  作者: 愛植落柿
第五章『禍都』
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第五章44話『善し悪し』

 一方その頃、へその緒センサーが感知不可能となったことで愚娘探しを断念した初代天爛然は遥か上空にある、自身が築いた名も無き神聖地に戻っていた。

 その土地には常に神風(しんぷう)が吹いていてどこまでも広がっている辺り一面には葦が生えており、その中心には小さな天界の技術を持ち込んで建てたと思われる小さな建造物があった。

 今し方帰ってきた彼女を出迎えるは黒いローブに全身を包んだ人物で、その人物はまるで生気が感じられない虚ろな目をしながら千鳥足で彼女の前へと現れる。


奈極(なごく)、次は貴方(あなた)を投入するわ。私のために尽力しなさい」


「――――断る。仮想空間(かこ)で南国気分を堪能してる最中だ、邪魔するな」


「その憑依(すべ)は私の失幸(しっこう)の祈りあってのものだということを忘れないで欲しいわね」


「二世界を行き来する俺を()のお前が使い潰せると思うなよ。そうか、そう思うと気分がいい。ははっ!」


(…………)


(それに今試すような愚かな真似はしないがこっちとしてはお前を蹴落とす算段がある。せいぜい()()()()に来ないよう用心するんだな)


 あまりにも痛恨過ぎる彼女の代名詞とも言える力の喪失。

 その事実に立場逆転、一気に優位に立てたと錯覚した奈極(なごく)と呼ばれた男性はすっかり気を良くしていたが彼はまだ気付いていない。

 任意のタイミングで二世界を行き来できるとはいえ、時間経過とともに元は一つだった人格も完全に分裂して向こう世界で自我が確立されると両人格が合意の上でしか行き来できなくなってしまうのだということに。

 互いが互いの弱みを握っているという現状に満足し、わざわざ教えてやる義理はないと己が胸中で相手の弱点を愛でることで二人は優越感を満たし合う。


 こんな歪な関係性でも表面上は手を取り合えるのだ。

 故に逃げ出した(ゆめ)の存在がよりイレギュラーとして際立つが、母親である彼女の思想は酸性雨から生み出した三人の子に与えた役割にも顕著に表れ、反映されていた。

 彼ら三人は愚娘(ゆめ)を取り戻すための道具として()()()という役割を与えられ生み落とされた生命体だ。

 捨て石程度と考えている彼女は氷漬けにされ、身動きの取れなくなった彼らを回収していないため現在など知る由もないが産物()に対する愛情など彼女には一ミリもないことだけは紛れもない事実だ。


「私はもう兵隊()を生み出せないしこれからは貯分(ストック)を切り崩さなくちゃならない。底を尽くまでに有為(せかい)を取る必要がでてきたの、身内(ひと)の善意を何だと思ってるのかしら忌々しい」


「でもまぁ()()()というのも悪くない、乗ってやる。あの女を犠牲に神の降臨を世に知らしめるとしよう」


 表裏一体の言葉そのままにダイスで六の面を出した時、一の面が必ず下に来ることが道理であるように物事には常に犠牲が付き物だ。

 そこに情などは全くの不要であり、可もなく不可もなくな安泰を望む者は到底陣笠となる資格など無く、頂きに辿り着けやしないだろう。

 愛情が愛憎へと変貌し、稀にジャンルの垣根を超えて()()が起こることもしばしばあるが、それも徹底した管理体制であればそういった反乱因子すら完封できるとあらゆる時代をリアルタイムで見てきた彼女は誰よりも理解している。


他人(ひと)の不幸は蜜の味、敵を騙すにはまず味方からってわけだ。それじゃあ暫しの共闘と行こうか女狐(メコ)


「我が産物()ながら本当に単純。仮にこの場に留まったとして私が手の内を晒すはずもないけれど」


 黒いローブを靡かせながら遥か上空から飛び降りた奈極(なごく)には一切の関心を持つことなく、一人呟きながらだだっ広い葦の中心にぽつんと佇む建造物に入ると三重セキュリティーを開錠することで始めて現れた秘密の扉から専用書斎に入っていく。

 しかしそのまま木製の机には座らず、机上に置かれた白紙の付箋を一枚手に取り机と掌とで挟むようにして机に手を置くとそこには文字が浮かび上がる。


失幸(しっこう)の利便性が損なわれたのは実際かなりの痛手だわ。今使ったこの特注デスクも思考をそのまま書き出してくれる優れもの、最低でも()()()は差し出してもらうわよ」


 不敵な笑みを浮かべながら口角を上げた彼女の脳裏にはこの時、自身の代名詞とも呼べる力をよくも相殺してくれた天爛然(あまらんぜん)

 一度対面した彼女の忘れ形見の存在が浮かび上がっていた。

 長い年月を生きる上での重要な要素を未来永劫奪い去られ、その償いが命一つで済むはずがないと考える被害者(かのじょ)加害者(あまらんぜん)の愛娘を次なる標的とすることで娯楽も兼ねた時間つぶしを考える。


「人間の娯楽は単なる神頼み、これは(わたし)からの神託と思い(しか)とその目で刮目なさい。生贄(どだい)を用意し必然に変える()()をその目に耳に刻み込んであげましょう」

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