第五章39話『再生地点』
「さっき言ってた子って間微君のことなんでしょ? なら私にだって戦う理由はあるもんね。それに喪腐さんにばかり押し付けてられない」
「そう呼ばれているみたいね。他人様の愚娘を誑し込んだこと、その身を以て後悔させてあげるわ。傀儡隊、あの女狐に断罪を、早く私の身代り人形を連れ戻してちょうだい」
そう言って虹色に光り輝く空から降り落ちた三雫の酸性雨、それらから子を生み出した同じ里親を持つ友人、その本来の母親。
その殺傷能力は過去に対峙した、どこまでいこうと所詮は神の紛い者であるメコが生み出した産物とは比較にならず、従来の製法に独自のアレンジを加えて生み出された人形は与えられた役割を全うするべく一斉に少女に襲い掛かる。
「俺達は乱れを正す警官隊。子の帰る場所は親元、規律を犯せば連鎖し社会は成り立たない」
(ただの人形なんかじゃない、ちゃんと考えを持った知能のある……)
「他でもない子の私たちがそう言ってるの。夢が役割放棄したからこんなにも迷惑がかかってる。会ったことはないけど他の兄弟のことは気にもかけない考え無しの薄情者、そんなやつを匿って被害を拡大させないで欲しいものね」
「そんなことない! だって――」
「――――諄い。一を助けて百の被害を出すなと言っている。出涸らし風情が窃盗で心を埋めようなど悪質極まりない蛮行」
酸性雨をベースに生み出された人形は触れるだけで人間には火傷を負わせる特殊な肌を持っている。
加えて熱で溶け、冷却で形状記憶が働き原型の通りに固まるという人形の特性も併せ持っているのだろうことまで考え至った露零は過去に自身の肉体に刻まれた流離ノ加護、その残滓がこの大一番で働いたことに運命的なものすら感じると召喚した巻物状に束ねた氷結矢の束で攻撃を防ぎつつ凍らせることに成功する。
その様子を見た二体目、三体目は向かう足を止めて一度飛び退くと迂闊には攻められないと再度思考を巡らせる。
(母上の記憶だと遠近の両方で攻撃手段を持ってるはず。なら人形の性質を最大限活かした運びが望ましい)
(氷漬けにして動きを封じる、私にはそれができる。でも問題は――)
互いが互いに算段を立てる中、唯一の味方女性に耳打ちし、逃げに徹するよう指示を出すことで保険をかけると自身は一度砕いてしまおうと、柔よく剛を制する形で氷漬けにされてしまった兄弟の救出プランをイメージする。
そして勢いよく飛び出すも露零は束ねられた矢の束が七つ、さらにその束をもう一度束ねた正七角形の超特大サイズな矢の束を召喚し、人形目掛けて勢いよくぶん投げるとすかさず心室に住まわせた鬼火を纏わせた矢でそれを射抜く。
(しまっ――――!)
「私が召喚する矢は一本折れるだけでひんやりした空気が広がる。着火さえできれば爆風吹雪が私以外のみんなを凍らせちゃう。これが人形に対する私の答えなの!」
敗戦が露零を大きく成長させ、少女は過去に示された永久機関に対する答えを独自に用意しこの戦いに臨んでいた。
とは言え少女の召喚術は決して無から作り出したものをそのまま取り寄せているわけではなく、ダイナマイトのような形状をした矢の束二重構造は今さっき使った一つ分しか作り置きがない。
加えて使用するのも今回が初めてだったが予想以上の威力に使用者本人も若干引いていて、少女は思わず(やりすぎちゃったかも)と内心反省するも、敵に一切の同情の余地なしと割り切った考え方にシフトすると舌の根も乾かないうちに掌返しで自己肯定する。
「――――猛吹雪の威力になっちゃった。でもこれくらいの瞬間風速がみんなを守れるはずだよね?」
過剰な矢の束二重構造による爆風吹雪によって辺り一面白銀と化しその結果、本人曰く世界と同期しているという彼女が人工積雪の範囲内で再び姿を現すことはなかった。
そのことを遠視を用いて目を凝らし、これでもかというほどに辺りを見回して確信した露零は一難去ったことにホッと胸を撫で下ろす。
すると二人を運び終えたのだろう愛猫ましろんがいつの間にか戻ってきていて、首元に巻いているスカーフ、そしてその下に付けられた首輪から刺繍セットを取り出した露零は早速刺繍を開始する。
その宛先は間微で、速達で至急の意味合いを持たせるとこちらでの出来事、身の危険性、秘境に避難するよう促した文章を裁縫向きの細腕、また繊細なタッチでものの数分間で縫い終える。
そして再び道具一式をもとの場所にしまい、スカーフを愛猫の首に巻くと今度は水の入った小瓶を召喚し、地面に水溜まりを作ってましろんを送り出す。
「あの人、今度はどこで復活するんだろ? 間微君、無事だといいんだけど……」




