第五章36話『寿命』
そうして正面入り口前に続々と集まった野良の面々は最後に建物から出てきた滅者、喪腐に聞こえるよう部屋割りごとに固まったグループ内で同時に番号を順に言い合い点呼する。
その総数は実に十数グループにも及び、無数に飛び交う言葉の数々はもはや常人に聞き分けられる域を遥かに超えているようにさえ思える。
しかし彼女は視覚を遮断することで全神経を聴覚へと注ぎ、結果、愛ゆえの成せる業とでも言うべきか最後まで聞かずして一人欠番がいたことを見事言い当てる。
「――聞こえていたわ。そこ、今一人飛ばしていたわよね?」
そう言って一つ番号を言い飛ばしていた部屋割りグループの元まで歩み寄ると姿の見えない教え子はお面を被った訳アリ生徒だと理解する。
その彼だが、ルームメイト曰く直前まで姿が見えていたということを知った彼女は一瞬のうちに青ざめると生徒第一号君に指揮を任せ、自身はその生徒がこの場にいない理由なのだろう大きな地鳴り、その震源地へと向かって消えたように錯覚するほどの高速ですぐさま移動を開始する。
「まったく…この国初の祝年日になるかもしれない大事な日に世話掛けさせてくれるわね。とんぺい、その子達の指揮は任せるわ」
「もふ先は??!」
反射的に言葉を返してしまったが、ほんの少し時間を置けばその行動の意味が理解できる。
教え子第一号のその名の通り、初期の頃は彼相手にマンツーマンでも教育した経験のある喪腐は気性の荒さから来る短絡的な彼の傾向を熟知している。
故にあえて言葉を返すことはせず、彼が平静を保ったまま指揮を執れるよう配慮した喪腐を静かに見送った教え子一同はとんぺいと呼ばれ、指揮権を託された同胞に指示を仰いで作戦を練る。
(もふ先、同胞等を危険に晒すような真似させないために…? ってなわけないか馬鹿らしい)
「それでとんぺい、俺達はこれからどうすればいい?」
「もふ先のサポート。その前提で策をくれ」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして場面は変わり同時刻、お面を身に付けた野良は震源地にして国外から見れば光の柱が立つ地点に到着する。
するとそこには大きく抉れた地面があり、恐る恐る中を覗くとそこから一人の人間が浮遊し何かを呟きながら姿を現す。
その人物の特徴を挙げるなら、自由の体現者とでも言いたいのか常に背景に合わせた配色へと変化する衣服。
しかし髪色は意外にも落ち着いた黒一色で、顔立ちは一見若そうにも見えるが笑みに不気味さが乗る不思議な顔パーツをしている。
そんな彼女は女性であり、浮遊能力を有するその女性は今も高度を上げながら変わらず何かを呟いていた。
「――――かわいい可愛い私の▢。でも残念、終わりゆく夢物語それは成長の証。私の手形こそ愚娘が収まるべきある型。コロコロ転がして覚めない夢を見せてあげましょう」
宙に浮かびながらどんどん高度を上げるその人物に視線が釘付けとなるお面を付けた青年。
そうして天を仰ぐ形になると空全体に虹がかかるという異様な光景にようやく気付き、思った以上の状況のヤバさに青年は胸元から人魂を取り出すと攻撃を仕掛ける。
(こいつとあの人とが衝突かればただじゃ済まない。最悪――)
「――――なら!!」
「ああ、どこへ行ってしまったの? 私の夢、あなたがいないと気が気じゃなくてたまらないの。例えるなら…そう。精神安定剤のような、それでいて片時も放したくない抱き枕のような愛しい我が子」
飛び交う火の玉などまるで眼中にないと言わんばかりに自分の世界に入り込んでいる様子のその女性。
そんな彼女は瞳を閉じ、愚娘の頬を打ったいつの日かの光景を思い浮かべると懐かしさのあまり、当時の再現で無意識のうちに軽く手を払うと攪乱目的で付近を飛び回っていた人魂を一撃で叩き落とす。
「うそ…だろ……」
まるで虫でも叩くような感覚で、それも一切目もくれずに行うその姿に思わず絶句するお面を身に付けた青年野良。
敬意すら持ち、特別な思い入れのあるその人魂が呆気なく叩き落とされたことに怒りを覚えるも、遥か上空で停止している女性への攻撃手段を人魂以外に持たない青年は一度人魂を心室へと呼び戻し、深く深呼吸した後に意を決すると自身の寿命を薪としてくべることで人魂の火力を爆発的に底上げする。
(俺に替え玉作戦を授けてくれた人魂とはまだ出会って日が浅い。それこそ砦が離反した後の出来事だ。だからこいつは鬼火じゃない、共通の目的といいやけに内情に詳しいのを見るにこっち側の奴なんだろう? だから――)
「――――俺の寿命をくれてやる! 足りない分は愛国精神ででも賄いな!!」




