第五章35話『降災』
「古代樹が消えた今、私たちの命は老坊に握られていると言っても過言じゃないわ。だからこそ抑止力になってくれている現国民にはこの国のみんなが感謝しているの」
「そっか! 地中からの攻撃には対処しようがないもんね。でもそれって地空さんが堅気の人に手を出さないって知ってるってこと?」
「ええ。いつの時代にも存在した魔獣キメラによって遥か過去、共に立ち向かった人間の中で運悪く魔獣の放つ瘴気にその魂があてられたのが今で言うところの野良達なの。この話に同情してくれた人が少なからずいたってわけ」
この世界、有為において主に三つに分類される勢力のその一角。
滅者にはあって野良にはないもの。
その例を今、一つ挙げるならば、それは別勢力である御爛然が治める國に足を踏み入れると何処に居ようと一日後には國を弾き出されるというものだ。
――――誰が、どうやってといった話ではない。
今でこそ消滅したが、かつてこの世界では古代樹こそが人間を含めたあらゆる生命の生みの親とされていた。
故に生み出された全ての生命は古代樹の庇護下にあると言っても過言ではない。
しかし突如としてこの地に舞い降りたイレギュラー。
醜く悍ましいその姿を目にした人々は口々に魔なる獣、通称魔獣と称して恐れ慄いたという。
そしてそれは古代樹が大きく根を伸ばしたこの世界の地も例外ではなく、肉体が滅びようと決して消えることのない、穢れた魂を持つ野良は環境からも拒絶され行き場を失い野良一同は全員もれなく路頭に迷っていたという。
「ねぇ、ちょっと待ってよ。それって……」
この時、露零の脳内では最悪のシナリオが徐々にその輪郭を帯び始めていた。
理由は簡単、彼女が今、口にしているのは誰がどう見ても遡ることの許された上三世代より遥か昔の内容だからだ。
しかしそんな御爛然の治める國間で定められた國際法もこの新たに設立された独立国には適用、反映されていない。
故に少女の言葉の意味が分からず話し続ける喪腐に一切悪気はないのだが、本来の目的から遠のいているような、徐々に雲行きが怪しくなっていくような感覚を覚えた少女は野良誕生の秘話を「もう大丈夫」と言って半ば強引に切り上げさせる。
「――――そう。分かったわ。今協力してくれているのは東風廉夜、それから貴女もよく知るもう一人」
「ねぇ、なんで名前を教えてくれないの?」
「それは……」
ここにきてその名を濁した喪腐。
その真意は一体何なのだろうか。
國巡りを早い段階で経験こそしているものの、生まれ落ちてからの月日がまだそれほど経っていないだけに見極め能力が人並み以下な少女は考え無しに迂闊にもその名を尋ねる。
しかし言い渋る彼女の姿に何やら思うことがあるような表情を浮かべるとそれ以上少女が言及することはなかった。
(そっか、心紬お姉ちゃんの話をわざわざしてきたんだもん。これってそういうことだよね?)
傍受と言えば大それたことだが実際、それと似たようなことを危惧しているのだろうことは彼女の反応からも明白だ。
故に自己補完することで無理やり腑に落とした少女が暫定的なパズルピースを胸中ではめ、一つの作品を完成させると次の瞬間、突如として吹き荒れた向かい風の突風に今さっき完成させた胸中パズルごと吹き飛ばされた深層世界の少女は半ば強引に現実世界へと引き戻されることとなる。
――――ドンッ!!!
「取り込み中よ……とはとても言えない状況みたいね。ごめんなさいね、私は少し席を外すけど貴女に迷惑はかけないわ」
「さっきのものすごい音、普通じゃないよ。それにもし敵襲なら私が話せば――」
「どうにもならないわ。だってこの襲撃は――」
次の瞬間、慌ただしい足音と共に貴賓室の扉がかつて駐屯兵長と呼ばれた人物によって勢いよく開かれる。
その後、襲撃者に心当たりのある様子の喪腐は保護膜マントを羽織ると一足先に現場に向かおうとする生徒第一号を呼び止め階下にいる生徒全員を一箇所に集めておくよう指示を出す。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方その頃、禍都を建国するにあたってかなりの貢献をした滅者は己が建国した国に起きた異変をそれぞれ未開の地の別地点から観測していた。
その異変とは突如として上空から降ってきた光の一柱。
ばらけた四人の滅者全員がその瞬間を観測できたのには理由がある。
前兆とでも言うべきか、その一柱が降ってくる直前、空はこれまで快晴だったのにもかかわらず、急に空全体に虹がかかったかのような、神々しくもどこか不気味な変化が起こっていたのだ。
そして現在、すでに叩きのめしたことで液体化した人形が原型を取り戻す条件を満たしていないにもかかわらず固体、及び形状記憶が発動し、一同が困惑する中消えることのない光の一柱が立つ国禍都へと向かって無数の人形は大規模な移動を開始する。




