第五章31話『秘境』
巨大化した愛猫ましろんは二人の少年少女を背に乗せるとそのまま薄暗い一般道をしなやかな身のこなしで木々を避けながら駆け抜けていく。
直前には爆発音のようなものが鳴り、砂埃が舞い上がってからまだそれほど時間は経過していない。
だが場合によっては目算では到底図れない、想像以上の甚大な被害が出るだけにさほど猶予はない状況。
「もっと早く! この襲撃が母上だったら、俺は……」
「ねぇ、あいつって誰のこと?」
「……」
この時、同乗していることも忘れるほどに間微の気は動転していた。
故に最悪の事態を想定した彼は思わずそれを口走ってしまう。
しかしその想定が共通認識ではなく、露零は疑問符を浮かべながら少年の呟きに言及すると今度はなぜか沈黙を貫く間微。
そんなことをしている間に二人を背に乗せたましろんは目的地に到着し、移動の足を担うという役割を終えた愛猫はまるで魔法が解けるかのように見る見るうちに本来の子猫サイズに縮んでいく。
「いつもありがとねっ。そう言えばましろんって私と間微君のどっちが好きなの?」
どこかズレている露零は絶対にこのタイミングでする質問ではないことを思い付きで尋ねる。
そんな少女の様子に呆れながらもどこか心が安らぐ感覚を覚えた間微は呆れ交じりの穏やかな笑みを浮かべると次第に平常心を取り戻す。
そうして冷静になった頭でよくよく考えてみると確かに少女の疑問も一理あり、興味を持った少年は足元の真っ白な子猫に目を向ける。
しかし子猫はどちらにもすり寄ることはなく、二人の間を通過するとそのまま奥の方を指差し、先を急ぐよう行動で催促する。
「そうだった! 今は里さんが最優先だよね! じゃあまた後で教えてね」
愛猫の対応はどこか冷めたものであり、露零はそのしぐさなどからシエナの姿を想起する。
しかしシエナなる人物を知らない間微は答えの持ち越しにじれったさとお茶を濁されたような感覚を同時に味わう。
その後、先頭を歩く子猫に続く二人は少し進んだ先で里を発見する。
だが予想に反して男性婦人の周囲には水溜まりがドーナツ状で広がっていて、探し人がその中心に残る土の上に突っ立っているという状況に二人は思わず息を飲む。
「驚かせちゃったかしらぁ? 秘匿性の高い情報を口にするのはリスクが付き物、だから続きは鍾乳洞で共有するわねぇ」
「……店を捨てる気だったのか? 俺を拾ったあの時から」
「そうなの? せっかくみんなが立て直してくれたお店なのに??」
今、この場で男性婦人が肯定することも否定することもなかった。
それはつまりその質問も込みで鍾乳洞に入ってから触れるということなのだろう。
三人が今いるこの國、紫翠の住民はみな植物の要素を持って生まれた人間だ。
つまりこの國の住民、全員が下半身を木の根に変えることで大地、及び地形に干渉することが可能だ。
個体差によって干渉エリアの広い狭いはあるものの、遡ることの許された上三世代を見ても陣取りゲームのような戦乱の時代がこの國内では確かにあった。
加えて頻繁に土地の所有者が入れ替わっていたという記録もあり、入れ替わりと同時に所有者好みに地形を短いスパンで弄っていたがために現代では生じた歪みによって不定期だが秘境が現れることが稀にある。
と、そんなこの國の歴史を脳内で遡りながら二人を鍾乳洞へと案内した里は奥行きの全く見えない真っ暗な秘境の中へと入っていく。
そんな男性婦人の様子に一瞬歩幅が狂う二人だが鍾乳洞に入ると中に広がる絶景に、二人は同じ感情を抱く。
「凄く、きれい……」
「綺麗だ、すごく……」
「でしょ~♪ この國には凄く腕のいい秘境予報士がいるのよぉ。秘境には藤爛然の監視の芽も届かないから理屈的に他の干渉もあり得ないはずよぉ」
今の男性婦人の話だけでも露零の中では腑に落ちることが多々あった。
例えばそう、直前まで一緒にBARにいた二人組。
監視の芽が國中に張り巡らせられているにもかかわらず、國を追われた身の彼ら彼女らが帰郷したのはこの秘境の存在が大きいだろう。
「確かに凄い…が、それも短時間なんだろう? 出入口が閉じれば俺達はどうなる? 弾かれるのか? 閉じ込められるのか?」
「そうそう閉じることはないけどそうねぇ、出入口が一つじゃないから歩いて行けば地上へ出られるわよぉ」
「それより里さん、鍾乳洞に入ったら話してくれるんでしょ? 私ずっと待ってるんだよ?」




