第五章27話『その後』
心音盗聴からメコの発言が本心であると理解した死旋は同時に別情報も盗み取ると貫かれた腹部を押さえながらも時間の許す限り、さらに深い情報を引き出そうと今度は問い掛ける。
「はぁ…はぁ……嘯くあぶく銭のペテン師スタイルで相当荒稼ぎしたようだな。だが対人において最も理に適っているのは意識外の嘘を用意し、言及させないことだ」
「我の土俵で説き伏せようなどあまりに軽薄。真理は至極単純、懐に飛び込む以外になかろうて」
トカゲのしっぽ切りを思わせる滅者の理論とリスク度外視のメコの理論だが第三者視点の場合、共通して悪と一括りにカテゴライズされるだろう。
実際その通りだが、直感的に相見えないと感じた両者は再び向けた視線で激しい火花を散らすと互いが互いの思考を完全に理解する。
「もう限界じゃろうて。その魔銃とやらも我には遠く及ばぬ、居場所を追われたそなたらが格下に泣きつくのも目に見えておるわ。実に傑作、さぞ見ものであろうな」
「……チッ!」
(俺に刃が届いたのはトップを貫通したからだ。ペラいくせして無茶しやがる、なら傷の浅い俺がやってやるよ!!)
そんな絶望的な様子を木陰から覗くのは彼ら二人の滅者以外に取り残された人物だった。
その人物とはメコが現れた際に真っ先に対峙した土葬の黒無垢こと黒骸臼。
しかし彼女は今も意識が戻っておらず、そんな彼女を木陰まで運んだのは白変子猫を手懐けた間微だ。
子猫を手懐けるに至った出来事などは特になく、きっかけらしいきっかけもそれといって思い当たらない。
だが伸縮性に優れたとでも表現するべきか、子猫の原型を決して崩すこと無く自由自在にサイズを変えることが可能なその子猫がいなければ二人の体格差もあって敵に気付かれることなく身を潜めることは叶わなかっただろう。
「シャー!!」
(し―っ!!)
だからと言って勝手に威嚇されては迷惑なことこの上ない。
そのタイミングでは本来の子猫サイズに戻っていたが、それでも鳴き声で敵が気付かない保証はどこにもない。
ましてや今、この場にいる敵の中には音にまつわる力を有した者もいるのだ。
(なんだ??)
すぐに子猫を抱き寄せるとそのまま鳴き声を遮った間微だったが案の定、致命傷を受けた滅者の一人は戦闘に加わっていないこともあり、人並外れた聴覚によって聞こえたほんの小さな子猫の鳴き声から音域を用いると戦地にいる者の心音を正確に聞き分け始める。
しかし槍が腹部を貫通したことによる致死量を超えた出血量、にもかかわらず無理したことで彼は吐血すると次第に意識は遠のいていく。
(まだだ…。あいつを残して逝くわけには――)
意思とは裏腹に気を失った死旋。
そんな彼のいる後方に目をやった朔夜は手袋を付けた常人より大きな両腕で向けられた槍を受け止める。
しかし勢いの乗った突き技に押される彼は弾いて軌道を逸らすと伸びきった槍に真横から蹴りを入れ、見事なまでの真っ二つに叩き割る。
揺らぐ周辺の木々。
それらは次第に火の手を上げ始め、サークル状に燃え広がった炎は再び二人を閉じ込める。
その時、メコは炎の壁を全く意に介さず通過し中に入ってくるなり「気変わりせぬうちにさっさと逃げ帰ればよかったものを」と哀れみと呆れの入り交じったような眼差しで告げる彼女の目には光が宿り、これまでは感じられなかった本気度合いが一気に顕在化する。
「ニャ―オ!!」
「なんじゃ?」
調子の乗り始めた彼女にとって、視覚外から聞こえた鳴き声は上がり始めたボルテージを削ぐには十分なものだった。
完全に意識の逸れた彼女が鳴き声の聞こえた方向に振り返るとその直後、自身と同じように炎の壁を通過して迫り来るある人物による奇襲を受ける。
「取り込み中じゃ、後にせよ」
「……そうはいかない、全員逃がさせてもらうわ」
「はっ、目も当てられぬほど醜悪じゃ。爛れておるではないか」
そう言われても無理はないのかもしれない。
実際、炎の壁を通過して奇襲を仕掛けた臼の顔半分は皮膚が透けて骨が浮き彫りになっていた。
意図的に感覚を鈍化させた彼女は骨武器で殴り掛かると一度は槍を壊されたメコも鬼火から再構築した槍で応戦する。
直後、さらに臼の背後から巨大化した化け猫が現れると反射的に回避するメコ。
しかしその背中に中性少年が乗っていることが分かると彼女は動く標的を仕留めるなど造作もないと言わんばかりに投擲し、少年に致命傷を負わせることに成功する。
「……くっ、ああッ!!」
「振り落とされないで! しっかり掴まってて!!」
その後、まるで疾風が如く駆け抜ける巨大な化け猫はメコを振り切ることに成功する。
いや、彼女に追跡の意思がなかったと言えばそうなのだが、意識が分散されなければみすみす逃さなかったことには違いない。
一瞬の気の迷いによって滅者、御爛然に従属する両勢力に逃げられたメコはその後、目的の一つである掃除を実行するべく天候を書き換え、特殊な雨を降らせるとそのままどこかに消えていく。
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「う〜ん……」
目を覚ました露零は足の低いベッドに突っ伏せて眠っていた。
気が動転していた少女はBARに来客が来て以降、一部記憶が飛んでいたのだが、自身の突っ伏せているベッドには今も横になっている包帯を巻いた間微の姿があった。
彼の姿を見るに、露零は無意識のうちに彼のことを看病していたのだろう。
そして彼の隣にあるベッドではこれまた同じく横になっている、顔半分が白骨化している何とも痛々しい姿の臼の姿があった。
(あれ? 私、いつの間に寝ちゃってたんだろう?)




